日本物理学会論文賞
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日本物理学会
第13回論文賞受賞論文

  本年度の「日本物理学会第13回論文賞」は論文賞選考委員会の推薦に基づき、2月9日に開催された第494回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。
   表彰式は本年3月25日(火)の午前、第63回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である近畿大学本部キャンパス内11月ホールにおいて行われました。なお、今回の受賞論文の選考の経過については表彰式の際に江口選考委員会委員長から報告されましたが、本記事の末尾にも掲載しましたのでご参照下さい。

論文題目 Superconductivity of Ca Exceeding 25 K at Megabar Pressures

掲 載 誌 JPSJVol.75No.8 p. 083703  (2006)

著者氏名 Takahiro YABUUCHI (薮内隆弘), Takahiro MATSUOKA (松岡岳洋), Yuki NAKAMOTO

(中本有紀), and Katsuya SHIMIZU (清水克哉)

受賞理由:
この論文は、カルシウム(Ca)単体に超高圧(161GPaまで)を加えて、Tc = 25 Kでの超伝導を実験的に発見したことを報告したものである。超伝導が物性物理学の重要なテーマの一つであることは言うまでも無いが、高温超伝導体(遷移金属化合物)が興味深い一方で、単体における超伝導を周期律表の上でサーベイすることは、物理学の基本的興味であろう。特に、「高圧を単体に加えて超伝導を探索する」というプロジェクトは、大阪大学グループのユニークな点であり、思いがけないほど多様な元素において高圧下単体超伝導を発見してきたのは世界的に見ても顕著な業績といえる。本論文では、普通は「単純な金属」とされる周期律表の左方に位置するアルカリ土類金属の典型であるCaにおいて25 Kでの超伝導を達成したが、この値は単体での超伝導における現在の最高値である。
しかし、単にTcを上げたというのではなく、この業績には以下のような位置付けができる。最も単純な元素である水素は、高圧下では金属化すると予想されており、そこでの高温超伝導を予言する理論も存在する。必要な高圧が現在の技術より高いために実現はしていないが、阪大グループは以前に、Hのすぐ下に位置するLi単体において高圧下で超伝導を発見して注目された。本論文では、Liの右隣族にあるCaで単体としては最高のTcが発見されたことになる。加圧法は、スタンダードなダイアモンド・アンヴィル・セル法である。高圧下Caにおける超伝導自身は、既に1981年に兆候が発見され、その後1996年に天谷等により150GPaでTc = 15 Kでの超伝導が報告された。この前報に対して本論文では、 Ca試料の純度を99%から99.99%に上げ、 圧力モニターをruby fluorescenceから信頼性の優るダイアモンド・アンヴィルのラマン・スペクトルに変えたことにより、Tcの圧力依存性に対する信頼度が十分なデータを初めて与えた。一般に高圧下で超伝導が発生する物理的機構については、sバンドからdバンドへの電子の移行と、それに伴う結晶構造変化などが考えられている。実際、本論文で圧力を150GPaより上げる動機として、この領域での構造相転移が明らかでなかったことが挙げられている。
以上のような意義をもつ本業績がJPSJに出版された意味は大きく、論文賞にふさわしい業績と判断される。



論文題目  A Drastic Change of the Fermi Surface at a Critical Pressure in CeRhIn5: dHvA Study

under Pressure

掲 載 誌JPSJVol. 74No. 4 pp.1103 ?1106  (2005)

著者氏名Hiroaki SHISHIDO (宍戸寛明), Rikio SETTAI (摂待力生), Hisatomo HARIMA (播磨尚朝), and Yoshichika ?NUKI (大貫惇睦)

受賞理由:
圧力誘起超伝導体CeRhIn5,常圧で超伝導を示すCeCoIn5,CeIrIn5は総称して重い電子化合物Ce115系と呼ばれ,強い電子相関の影響の下で特異な超伝導特性を示す。これらの物質は、準二次元的な電子系であること、強い磁気相関を持つことや超伝導転移直上に擬ギャップの振る舞いを示すことから銅酸化物高温超伝導体との関連にも興味が持たれ、世界的な規模で研究が展開されている。
本論文は重い電子系圧力誘起超伝導体CeRhIn5において、これまでに前例のない複合極限(圧力:3Gpa、強磁場:17T、極低温:80mK)下でドハースファンアルフェン(dHvA)実験を行い、フェルミ面の形状とサイクロトロン質量の圧力変化を調べ、@反強磁性秩序が消失する臨界圧力(Pc)より低圧側では、dHvA振動数がLaRhIn5と同じ振動数を持ち、CeRhIn5の4f電子は局在的であるが、APc以上では4f電子が遍歴的なCeCoIn5と類似の結果となり、4f電子は遍歴的となり、Bサイクロトロン質量がPc近傍で急激に増大することを明らかにした。これらの結果から、磁気相関を含めた重い電子状態が超伝導の発現に重要であって、フェルミ面の形状には因らないことを結論した。固体物理分野の重要な研究課題である圧力によって誘起される「反強磁性―超伝導転移」の出現に中心的に関与するフェルミ面が圧力によってどのように変化をするのかを世界に先駆けて明らかにし、4f電子が関与する重い電子が最も重くなる臨界圧力付近で超伝導転移温度が最高となることを示した。
一般に、dHvA実験による電子質量の数十倍にも達する大きなサイクロトロン質量の検出には、極低温ならびに極めて純良な大型単結晶は必要不可欠である。本論文では、CeRhIn5の純良単結晶について、複合極限(圧力3Gpa、強磁場17T、極低温80mK)下でのdHvA実験に世界で初めて成功した。その結果、理論と実験の双方から活発な研究が展開されている圧力誘起による電子状態の量子臨界性と超伝導発現の相互関係をはじめて明らかにしたことは、超伝導発現機構を解明する上でインパクトは大きい。掲載後3年足らずの期間に、Natureなどを含む著名誌に多数回引用されていることからも、世界的にも注目されている優れた論文であり、論文賞に値すると評価できる。



論文題目  Low Energy Hadron Physics in Holographic QCD

掲 載 誌  PTPVol. 113No.4pp.843-882  (2005)

著者氏名Tadakatsu SAKAI (酒井忠勝)、 Shigeki SUGIMOTO (杉本茂樹)

受賞理由:

本論文は弦理論でのいわゆるAdS/CFT対応から得られたアイディアをQCDの強結合の問題に用いて新たな進展を得たものである。
AdS/CFT対応が提案されてから、多くの研究者がQCDのハドロンスペクトラムを求めることに応用しようと試みて来た。それらの試みの中で、ひとつの大きな課題はカイラル対称性とその破れをどのように扱うかという問題であった。著者達はこの問題で新しい一歩を踏み出すことに成功した。 まずD4ブレーン上に存在するQCDを考え、この系にクォークの場をD8ブレーン(あるいは反D8ブレーン)を導入することで取り入れた。カイラル対称性は(弱結合領域では)D8ブレーンと反D8ブレーンが互いに独立に回転出来ることで幾何学的に実現されている。一方、強結合領域において信頼性を持つ超重力理論の解ではD8ブレーンと反D8ブレーンがつながって独立に回転できなくなり、このためカイラル対称性は強結合領域で自発的に破れていることが分かる。著者らはこのアイディアに基づきハドロンスペクトラムの解析を行った。得られた結果は、カレント代数やカイラルダイナミクスなど今まで知られたハドロン物理に関する多くの結果を再現する。
此の結果、ハドロン物理に対する新たなアプローチが切り開かれAdS/CFTをQCDの様々な側面に応用することが世界の研究の一つの流れとなった。こうした研究の展開を切り開き、強結合ゲージ理論の取り扱いに新たな境地を開拓した点で、本論文の価値は高く、物理学会論文賞に値する成果であると考えられる。



論文題目Gravitational Waves from the Merger of Binary Neutron Stars in a Fully General Relativistic Simulation

掲 載 誌 PTPVol. 107No.2pp.265-303  (2002)

著者氏名Masaru SHIBATA (柴田 大)、 Koji URYU(瓜生康史)

受賞理由:
本論文は、連星中性子星の合体の一般相対論的シミュレーションを実行することにより、合体後に形成される天体や重力波の波形を明らかにした。一般相対論的シミュレーションは非常に複雑で難しいが、それに必要とされるアインシュタイン方程式を解くための数値コード、ブラックホールが形成されたことを確認する数値コード、重力波を抽出するための数値コード等を筆者は完成させてきた。また、グリッドサイズや計算領域の確保に工夫を重ねて、中性子星やブラックホールを精度良く取り扱い、波動帯まで計算することを実現している。このような準備の下に、中性子星の質量を変化させながらシミュレーションを実行している。シミュレーションによってブラックホール形成の閾値や重力波の波形の特徴を明らかにした。
現在日本を含め世界で数台のレーザー干渉計重力波天文台が稼動しており、主に連星中性子星合体信号の探査が進められているが、数値シミュレーションによって連星中性子星合体時の重力波形が知られていることは極めて重要である。なぜならば、重力波形がわかっていれば観測データから重力波信号を抽出することが容易になるからである。その意味で、本論文の重力波直接検出への貢献度も大きい。
また本論文では、連星中性子星合体時に過渡的にできる大質量中性子星から、2-3kHzの準周期的重力波が長く放射される可能性を発見した。もし、そのような重力波が実際に観測されれば、中性子星の理解がいっそう進むであろう。したがって、本論文の天体物理学への貢献も大きいと言える。
以上のように、本論文は日本で発展してきた数値相対論をさらに深化させ、一般相対論のみならず、いずれ実現するであろう重力波天文学に大きく寄与するものである。以上のように、本論文は日本物理学会論文賞に値する優れた論文である。



論文題目 Structures and Electromagnetic Properties of New Metal-Ordered Manganites: RBaMn2O6  (R = Y and Rare-Earth Elements)

掲 載 誌 JPSJVol.71   No.12pp.  2843-2846 (2002)

著者氏名Tomohiko NAKAJIMA (中島 智彦)、Hiroshi KAGEYAMA (陰山 洋)、

Hideki YOSHIZAWA (吉澤 英樹)、and Yutaka UEDA (上田 寛)

受賞理由:
ぺロブスカイト型Mn酸化物は高温超伝導酸化物と並んで世界的に最も研究されている物質系である。特に、強磁性金属や電荷・軌道・スピン整列、電子相分離といった物性物理的興味なのみならず、超巨大磁気抵抗や光誘起による金属絶縁体転移など、応用面からも重要な物質系である。従来は、(R1-xAx)MnO3タイプのペロブスカイト系が詳細に調べられてきた。しかし、これらの系ではAサイトの乱れの効果が系の性質に大きな影響を与えるため、乱れのない系の研究が強く望まれてきた。
本論文は、固体化学的手法を駆使して乱れを持たない新しいタイプのAサイト秩序型ぺロブスカイトMn酸化物 R BaMn2O6(R は希土類)を合成し、その構造と物性を調べたものである。従来の無秩序型のものと比較することにより、乱れの効果や新物性を明らかにするとともに、新概念を提唱している。たとえば、(a)従来型より数百K高い軌道整列転移温度、(b)従来型と異なる電荷/軌道整列およびスピン構造転移、(c)電荷整列とは無関係な軌道整列転移、(d)乱れとは無関係な電子相分離、などの重要な提案をしている。
以上のように、本論文は世界的に盛んに研究されてきたぺロブスカイトMn酸化物研究における問題解明のために望まれていたAサイト秩序型Mn酸化物を合成し、この分野の研究の新機軸を切り開くことになったものとして、その独創性や重要性という点において高く評価される。日本物理学会論文賞にふさわしい優れた論文である。



日本物理学会第13回論文賞受賞論文選考経過報告
                 日本物理学会 論文賞選考委員会*

選考委員会は2007年11月に発足、同時に第13回論文賞には12件、11論文の推薦があった旨物理学会より報告があった。12月はじめに委員長・副委員長の提案に基づき各推薦論文の閲読担当委員および外部レフェリーをメール会議にて決定した。閲読者の意見は2008年1月後半までに文書により提出され2月1日に選考委員会が開催された。
選考委員会においては担当委員より各論文の説明とそれに対する評価が閲読結果を交えて紹介され、その後委員全員により様々な観点から意見交換がなされた。審議の過程では分野間のバランスは特に考慮せず全員が「優れている」と判断した論文が選ばれた。
  此の結果、上記5編の論文が物理学会論文賞にふさわしいものとして決定された。

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*日本物理学会 第13回論文賞選考委員会
  委 員 長江口  徹
  副委員長  青木 秀夫
  委員  小貫  明、 梶田 隆章、 川上 則雄、 北岡 良雄、 柴田 文明、 永宮 正治、
  二宮 正夫、坪田  誠、 松井 哲男(50音順)

 

 
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