日本物理学会論文賞
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日本物理学会

第11回論文賞受賞論文

本年度の「日本物理学会代11回論文賞」は論文賞選考委員会の推薦に基づき、3月3日に開催された第470回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。

 表彰式は本年3月29日(水)の午前、第61回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である愛媛県県民文化会館メインホールにおいて行われました。なお、今回の受賞論文の選考の経過については表彰式の際に福山選考委員会委員長から報告されましたが、本記事の末尾にも掲載しましたのでご参照ください。

論文題目:Superconductivity at 14.2 K in Layered Organics under Extreme Pressure

著者氏名:Hiromi TANIGUCHI(谷口弘三)、 Masashi MIYASHITA(宮下将)、 

Kenichi UCHIYAMA(内山賢一)、 Kazuhiko SATOH(佐藤一彦)、

Nobuo MORI(毛利信男)、 Hiroyuki OKAMOTO(岡本博之)、

Kazuya MIYAGAWA(宮川和也)、 Kazushi KANODA(鹿野田一司)、

Masato HEDO(辺土正人)、Yoshiya UWATOKO(上床美也)

掲 載 誌:JPSJVol.72 No.468-471(2003)

受賞理由:

この論文は、立方アンビルによって発生させた8.2GPaの静水圧性のよい高圧下において、常圧ではモット絶縁相にある有機導体β’-(BEDT-TTF)2ICl2が、有機導体としては最高の臨界温度14.2Kを持つ超伝導体になることを発見したものである。
有機分子性固体は、その構成分子の複雑な形状にかかわらず分子軌道(HOMO,LUMO)を考えると単純な電子構造を持つ一方、強い異方性や電子間相互作用、電子・格子相互作用によってモット転移や超伝導、磁気秩序、電荷秩序など多様な現象を発現し、電子物性を調べる理想的な舞台を提供することが知られている。この物質の特徴の一つに柔らかさをあげることができるが、これは圧力が有力な実験手段となることを意味する。事実多くの加圧実験がこれまでに行われてきたが、本研究では静水圧性のよい高圧の印加という新しい実験方法が初めて導入され、上記の結果が得られたのである。
この論文の意義は、単に有機物における超伝導臨界温度の記録を塗り替えたという点だけにあるのではない。一つは、立方アンビルという方法を当該分野の研究に導入した先駆性にあり、この論文を契機として高静水圧の重要性が認識された。また、金属・絶縁体転移の近傍で最も高い転移温度が得られるということは、その超伝導メカニズムを調べるうえでも重要な示唆を与えている。適切な物質の選択と新しい実験手法の組み合わせによって新奇な現象を発見した本論文は、物理学研究のひとつの手本になり得るものであり、論文賞にふさわしい業績である。



論文題目:Crystal Electric Fields for Cubic Point Groups

著者氏名:Katsuhiko TAKEGAHARA(竹ヶ原克彦)、 Hisatomo HARIMA(播磨尚朝)

Akira YANASE(柳瀬 章)

掲 載 誌:JPSJVol.70 No.5 1190-1193(2001)

受賞理由:

立方対称性を持つ結晶において、今まで、立方晶系点群(Oh, O, Td, T, Th)中で最も対称性の高いOh対称性を前提として結晶場効果が論じられてきた。本論文は、点群T, ThはOhと異なり4回対称軸がないために、結晶場ポテンシャルに6次項が存在することを指摘、4f電子を複数個含む希土類イオンの結晶場準位とその波動関数に対するこの項の存在の影響を調べ、結晶場分裂のスキームは変わらないが、波動関数に大きな影響があり、その結果、物理量の行列要素にはこの項が無視できないことを示した。T, Thの結晶場ポテンシャルの6次項の存在を以前に指摘した論文もあるが、この項の電子状態への影響については調べられていなかった。本論文は、OhとThの2つの結晶場ポテンシャルは本質的に同じであるとの間違った認識を払拭し、さらに、得られた結果を充填スクッテルダイトRT4X12(R:希土類イオン、T=Fe、 Ru, Os、X=P, As, Sb)に具体的に適用、希土類イオンRの局所的対称性がThであり、この物質の性質を調べる際に、Ohとの違いが重要であることを指摘した点、大きな意義がある。近年、充填スクッテルダイト化合物RT4X12の研究がすすみ、R, T, Xを変えると多彩な物性を示すことから、多くの研究がなされている。そのなかでもPrOs4Sb12はPr化合物として超伝導を示す最初の物質で多数の研究者の注目を集めている。本論文は、PrOs4Sb12をはじめとするRT4X12の熱的性質、中性子散乱実験等を解釈するための最も基礎的な論文となっている。
このように、物性物理学の基本概念の一つである結晶場についての常識を書き換えた点、本論文の学術的価値は大きい。また、現在、多くの実験研究が行われている充填スクッテルダイト化合物の基礎的理論としても重要な役割をはたしている。これらの点から、本論文は、日本物理学会論文賞に相応しい優れた論文である。



論文題目:Bose-Einstein Condensation with Internal Degrees of Freedom in Alkali Atom Gases

著者氏名:Tetsuo OHMI(大見哲巨)、Kazushige MACHIDA(町田一成)

掲 載 紙:JPSJ 67 1822-1825 (1998)

受賞理由:

巨視的な量子状態である超伝導、超流動の特徴の解明は物理学の最も興味深い対象の一つである。超流動に関してはヘリウム4やヘリウム3が知られており詳しい研究が進んできたが、1995年ころからレーザー冷却などの方法により全く新しいタイプの巨視的な量子状態がトラップされたアルカリ原子気体のボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC)として実現され新しい展開を迎えた。この新しい量子凝縮状態では、ヘリウム系と異なり粒子間の相互作用が非常に小さいためBECの微視的な立場からの理論展開が可能となり、内部自由度がない場合の理論が展開された。実際、RbやNaなどの原子のように内部自由度がある場合でも、磁気相互作用によって原子を閉じこめる磁場トラップを用いる場合にはゼーマン効果で内部自由度の縮退は解けていた。

しかし、光学的相互作用による光学的トラップを用いるとその縮退は残り内部自由度をもつBECの新しい現象が期待される。本論文は、その重要性をいち早く指摘し、内部自由度をもつBECを取り扱う理論的枠組みを構築し、その後の研究の方向づけを行った。本論文では、スピン1のBEC凝縮体に対して系の持つ対称性の考察から、3重縮退凝縮体(スピノルBEC)に拡張したグロス・ピタエフスキー方程式を導き、それをもとに一様な系での基底状態が原子間の相互作用によって強磁性状態や極性(polar)状態になることを示し、そこでの対称性の破れに伴うゴールドストーンモードの解析も行った。また、空間的な構造としてのトポロジカルな欠陥のタイプについても考察している。

本論文はその後非常に発展してきている内部自由度を持つBEC凝縮体の基礎的な理論と位置づけられ、この分野の発展に大きな寄与をした研究であり、日本物理学会論文賞にふさわしい論文であると考える。


論文題目:Neutrino Masses, Anomalous U(1) Gauge Symmetry and Doublet-Triplet Splitting 

著者氏名:Nobuhiro MAEKAWA(前川展祐)

掲載誌:PTP Vol. 106No. 401-

418(2001)

受賞理由:

超対称大統一理論は、力を統一し物質も統合するという理論的な美しさをもつだけでなく、実験的にもゲージ結合定数の統一が確かめられるという成功を収めている。それゆえ何らかの意味でそのアイデアが実現されていると多くの理論家は考えているが、二つの大きな問題を抱えていた。一つは、対称性の自発的破れを引き起こすための5重項(以上の)Higgs場に対し、その中のカラー3重項は大統一スケールの極めて大きな質量を得るのに、残りの2重項は百GeVと桁違いに軽く残るということを説明しなければならないという、いわゆる2重項-3重項分離の問題であり、もう一つは、陽子の寿命が短く予言されるという問題であった。このため理論のパラメータを人為的に何桁も微細調整することが必要で、これまで満足すべき自然な超対称大統一理論の模型を作ることは難しかった。
この前川展祐氏の論文は、弦理論などで示唆される異常U(1)対称性を持った一つの超対称大統一理論を提唱したものである。SO(10)群に基づくこの模型では、異常U(1)対称性に起因する超対称性ゼロ機構により、対称性で許される項をすべてオーダー1の係数で導入するという最も自然な仮定の下で、陽子の安定性とともに、この困難な2重項-3重項分離がいわゆるDimopoulos-Wilczek機構により実現できることを示した。この点が先ず重要であるが、同時に、同じ自然な仮定の下で、現実的なクォークとレプトンの質量と混合角を実現できる点が高く評価される。特に太陽ニュートリノおよび大気ニュートリノの観測で見出されたレプトンセクターの大きな世代混合が、クォークセクターの小さな世代混合と矛盾なく説明できる。
前川氏がこの論文で提唱した統一模型の考え方の重要な点は、一旦対称性やU(1)量子数を決めると、オーダー1の係数の不定性を除いて理論が完全に定義され、ヒッグス場の真空期待値、大統一群の対称性の自発的破れ、湯川結合定数、重い粒子の質量スペクトルなど、すべてが決まる、という点である。そのような自然な仮定の下で、大統一群の破れの機構から、2重項-3重項分離、さらにクォーク・レプトンの質量・混合までを大局的に矛盾なく説明する超対称大統一理論は、この論文で提案された模型が初めてのものである。この論文で不完全であったゲージ結合定数の統一の点についても、これに続く論文において自然な説明が可能であることが示されている。以上の理由により本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい優れたものと考える。



論文題目:Experiment on the Synthesis of Element 113 in the Reaction 209Bi(70Zn,n)278113

著者氏名:Kosuke MORITA(森田浩介)、 Kouji MORIMOTO(森本幸司)、

Daiya KAJI(加治大哉)、Takahiro AKIYAMA(秋山隆宏)、

Sin-ichi GOTO(後藤真一)、Hiromitsu HABA(羽場宏光)、

Eiji IDEGUCHI(井手口栄治)、Rituparna KANUNGO、

Kenji KATORI(鹿取謙二)、Hiroyuki KOURA(小浦寛之)、

Hisaaki KUDO(工藤久昭)、Tetsuya OHNISHI(大西哲哉)、

Akira OZAWA(小沢 顕)、Toshimi SUDA(須田利美)、

Keisuke SUEKI(末木啓介)、HuShan XU、

Takayuki YAMAGUCHI(山口貴之)、Akira YONEDA(米田 晃)、

Atsushi YOSHIDA(吉田 敦)、YuLiang ZHAO

掲 載 誌:JPSJ  Vol. 73 2593-2596 (2004)

受賞理由:

この論文は新しい超重元素(Z=113)の発見を報告したものである。著者らは70Znビームと209Bi標的核による融合反応を使い超重元素278113を1個合成することに成功した。その測定した1事象が間違いなく新しい超重元素(Z=113)であると同定できることを極めて説得力のある形で報告している。論文では、合成した278113を位置敏感型半導体検出器に埋め込み、それが4つのa崩壊チェインを経て自発核分裂する一連の崩壊過程を、それぞれの粒子について崩壊粒子エネルギー、崩壊時間、崩壊位置の精密測定から同定したことが生き生きと記述されている。特に、4番目のa崩壊が、既知の266Bhから262Db核へのa崩壊過程のエネルギーや寿命とよく一致し、さらに262Db核の自発核分裂の寿命とも一致することが、この発見報告の信頼性を高めている。
  本論文の意義は、周期表の113番目の元素を始めて確実に合成しその存在を示したことである。そしてこの研究の成果は、今後の超重元素生成とそれに用いた研究の手法の展開に指針を与えるもので、核物理の分野にとどまらず、原子物理、化学などの新領域の開拓にもつながると期待される。よって本論文の業績は論文賞に相応しいと判断した。


日本物理学会第11回論文賞受賞論文選考経過報告

                 日本物理学会 論文賞選考委員会*

委員会は2005年11月発足、同時に第11回論文賞には15件、13論文の推薦があった旨物理学会より報告があった。12月初め、委員長・副委員長の提案に基づき各推薦論文の閲読担当委員および委員外閲読者をメール会議により決定した。委員外閲読者の意見は2006年2月はじめまでに文書により提出され、2006年2月18日に選考委員会が開催された。

選考委員会においては担当委員により論文内容の説明とそれに対する評価が閲読結果を交えて紹介され、その後全員によって様々な観点からの意見交換が行われた。

審議の過程では、分野間のバランスを考慮せず全員が「優れている」と判断した論文数が規定の数を超えたため、1編については相対評価を行い、上記5編の論文が選ばれた。

この際,規定期間以前に出版された論文については、原則を尊重しつつ内容についての評価を重視した。規定期間を大幅に外れた論文については、「例外」として特別な考慮すべきかどうかについて慎重な議論がなされた。

貴重な時間を割いて閲読してくださった委員外委員に感謝致します。

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* 日本物理学会 第11回論文賞選考委員会

委員長      福山秀敏

副委員長     九後太一

委員(50音順)荒船次郎、大塚洋一、酒井英行、長島順清、那須圭一郎、西田信彦、

坂東昌子、三間圀興、宮下精二