日本物理学会論文賞
                   社団法人 日本物理学会
               
The Physical Society of Japan
                             
HOME
学術的会合
その他
 

 

日本物理学会

第15回論文賞受賞論文

 

本年度の「日本物理学会第15回論文賞」は論文賞選考委員会の推薦に基づき、2月6日に開催された第518回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。
表彰式は本年3月22日(月)の午前、第65回年次大会の総合講演に先立ち、岡山県総合グラウンド体育館〔桃太郎アリーナ〕において行われました。なお、今回の受賞論文の選考の経過については表彰式の際に三宅和正選考委員会委員長から報告されましたが、本記事の末尾にも掲載しましたのでご参照ください。

 

論文題目  Exotic Heavy-Fermion State in Filled Skutterudite SmOs4Sb12

掲 載 誌  J. Phys. Soc. Jpn.Vol. 74 No. 1, pp. 246-249 (2005)

著者氏名  Shotaro SANADA(真田祥太朗)、 Yuji AOKI(青木勇二)、 Hidekazu AOKI

(青木英和)、 Akihisa TSUCHIYA(土屋明久)、Daisuke KIKUCHI(菊地大輔)、 Hitoshi SUGAWARA(菅原仁)、Hideyuki SATO(佐藤英行)

授賞理由:
充填スクッテルダイトRT4X12 (R = rare earth or U, T = Fe, Ru or Os, X = P, As or Sb)では重い電子状態、超伝導、多極子秩序など多様な物性が見られる。その理由の一端は12個のニクトゲンで出来た正二十面体に近い二十面体中に希土類金属イオンが包摂されていることにある。局所的に高い対称性のため希土類金属イオンの結晶場は小さく多極子の自由度が低温まで生き残る可能性があること、また希土類金属イオンがニクトゲンにより形成された籠状構造の中で非調和性の強い振動をしていることなどが、多様な物性発現の原因と考えられ、近年、重点的に研究が進められている物質群である。
  このような興味深い物質群の中で、本論文で研究されているSmOs4Sb12は低温の電子比熱係数がγ=0.82J/K2molと大きく、電気抵抗のT2の係数もかなり大きい。これは典型的な重い電子系の振舞いであるが、この物質の特徴は、それらがほとんど磁場変化しないことである。特に電子比熱係数の値は、磁場によってほとんど変化しない。SmOs4Sb12という化合物そのものは以前から知られていたが、その低温物性については報告がなく、この論文によって始めてその特異な重い電子系の性質が発見された。
  この化合物の磁場によって抑制されることのない重い電子系としての性質は、この分野の研究者の大きな関心を呼び、その後現在に至るまで多くの実験的、理論的研究が続いている。
  以上のように、高いオリジナリティを持ち、その後の研究のきっかけとなった本論文は、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

 

 

論文題目  Effect of Structural Parameters on Superconductivity in Fluorine-Free LnFeAsO1-y (Ln = La, Nd)

掲 載 誌  J. Phys. Soc. Jpn.Vol. 77, No. 8,p. 083704 (2008)

著者氏名  Chul-Ho LEE(李哲虎)、Akira IYO(伊豫彰)、Hiroshi EISAKI(永崎洋)、Hijiri KITO(鬼頭聖)、Maria Teresa FERNADEZ-DIAZ、Toshimitsu ITO(伊藤利充)、Kunihiro KIHOU(木方邦宏)、Hirofumi MATSUHATA(松畑洋文)、Markus BRADEN、Kazuyoshi YAMADA(山田和芳)

授賞理由:
2008年、東工大細野グループはTc=26K のLaFeAsO系(いわゆる鉄系)超伝導体を発見したが、その後、銅酸化物高温超伝導体との類似性や相違点の解明も含めて、この系の研究が世界的なトピックスになっている。そして、より高いTcを目指した物質開発研究(現在、Tc=55Kが最高)と超伝導機構の同定を目指した物性研究が盛んであるが、本論文はこの後者に重要な一石を投じている実験成果の報告である。
  この鉄系超伝導体は鉄と砒素(ニクトゲン元素)で構成されるシート状の骨格(FeAs層)を持つ層状物質である。そして、層内では鉄原子が正方格子状に並び, その3d電子系が多バンドの伝導帯を構成し、超伝導転移を示す。
さて、このFeAs層では鉄原子は砒素原子からなる四面体構造の中心に位置しているが、本論文の研究を通して、この四面体の形がTcと直接的に関連していることが明らかになった。すなわち、FeAs4が正四面体構造を取るときにTcが最大になり、それからいずれの方向にずれてもTcが目立って低下する。その後、幾つかのグループがこの結果を追認すると共に、FeP4、NiP4、NiAs4が基本構造の場合にも同様の結果が得られることが報告されている。そして、今では、このFeAs4の局所形状とTcの間の顕著な関係を示す図は「Lee plot」という名前で呼ばれるほどに有名なものになっている。
現在のところ、この「Lee plot」で表現されているTcと局所構造の対称性との見事な関連が何を意味するのかは十分に解明されたというわけではない。確かに、この結果はヤーンテラー的な局所不安定性の最大化がTcを規定しているとの示唆を得るが、通常の第一原理的な手法で調べても、たとえば、フェルミ面での状態密度の最大化条件とは一致しないなど、簡単明瞭な説明はなかなか得にくい。しかしながら、このような解釈の問題を別にすれば、これは物理的に大変美しい結果といえる。そして、この美しさがその後の広範な波及研究を生んでいることから考えても、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

 

 

論文題目  Supersymmetric Completion of an R 2 Term in Five-Dimensional Supergravity

掲 載 誌  Prog. Theor. Phys. Vol. 117, No. 3, pp.533-556(2007)

著者氏名  Kentaro HANAKI(花木健太郎)、Keisuke OHASHI(大橋圭介)、Yuji TACHIKAWA

(立川裕二)

授賞理由:
近年の超弦理論における大きな成功の一つに、ブラックホールエントロピーの微視的説明が与えられたことが挙げられる。 しかし、Bekenstein-HawkingエントロピーはEinstein-Hilbert作用の古典重力理論から導かれた主要項に過ぎず、量子重力では高階微分項に起因する補正が現れる。また、超弦理論における微視的状態数にも補正が現れる。この両者の高次補正が一致することを確認する仕事は、4次元および6次元の超重力理論を用いて行われてきたが、5次元超重力理論においては高階微分のR 2 項が不明であったために、その一致を確認することができなかった。
本論文は、懸案であったR 2 項の決定を初めて行ったものである。そもそも超重力理論は、局所的超対称性を持つ理論で、作用を決定すること自体が自明でないが、著者達は、特定の作用の形によらずに不変作用項を構成できる、Fujita-Kugo-Ohashiらの開発した5次元超共形テンソル算法を用いて、R 2 項の具体的形を決定することに成功し、その結果は上述の問題に関して、多くの論文で利用されることとなった。 さらに、AdS/ゲージ理論対応の文脈では、5次元超重力のR 2 項は、4次元のラージN超対称ゲージ理論の1/Nの補正項に対応することから、著者らのこの結果は強結合ゲージ理論の研究において広く応用されることになった。 例えば、強結合プラズマの「ずれ粘性η」と「エントロピー密度s」の比が、ラージN極限では必ずη/s = 1/(4π) という低い値になることがAdS/ゲージ理論対応を用いて導出されているが、これに対する1/N 補正を得るためにこの論文の結果が応用されている。
以上のように、この論文は今後の超弦理論、重力理論、ゲージ理論の研究に重要な基礎を与える優れた研究であり、日本物理学会論文賞にふさわしいと判断される。

 

 

論文題目 Kaluza-Klein Black Holes with Squashed Horizons

掲 載 誌Prog. Theor. Phys. Vol. 116, No. 2,pp.417-422 (2006)

著者氏名Hideki ISHIHARA (石原秀樹)、Ken MATSUNO (松野研)

 

授賞理由:
高次元ブラックホールは統一理論へ向けての物理を発展させる鍵と期待されているだけでなく、最近ではホログラフィー原理の展開にも中心的な役割をしており、様々な理論物理の分野から注目されている。
高次元時空において、余剰次元が小さくコンパクト化されているというKaluza-Klein (KK) 型の時空は現実の実効的4次元時空を説明する有力なモデルである。こうした時空におけるブラックホールはどのようなものであるのか、どのようにして観測的検証ができるのか、は興味ある課題である。しかし、時空の対称性が低くなるためKK型ブラックホールの厳密解の構成は容易ではない。これに対して本論文は、5次元Einstein-Maxwell理論において、ツイストされた余剰次元を考えると、KK型ブラックホールの厳密解が比較的容易に構成できることを発見し、その厳密解を具体的に与えたものである。
著者らは5次元時空の部分空間である3次元球面がHopfバンドルであることに着目して、その一様性を保ったままつぶす (squashする) ことによって、小さなサイズのツイストされた余剰次元を作り出すことに成功した。 本論文ではsquashingを表す一つの関数を導入し、時空の対称性を最小限に破ることによって、等方性を持った漸近的平坦な5次元ブラックホール解を漸近的KK型ブラックホールに結び付けている。これはこれまで全く考慮されていなかった斬新な視点である。
また、本論文は、Squashingの処方が対称性の高い漸近平坦なブラックホール解に対して広く適用することが可能であることを示し、KK型ブラックホール厳密解の研究に新しい流れを作った。以降、回転パラメータを含むブラックホール解や多体BPSブラックホール解への拡張、また、ディラトン場や非可換ゲージ場を含んだ重力理論におけるブラックホール解への拡張などの研究が生み出された。また、厳密解が得られたことによって、安定性などの摂動的研究、ホーキング放射、さらにはブラックホールの周りの試験粒子の運動の研究など、ブラックホール時空を用いた余剰次元の検証に向けた研究の端緒ともなっている。
以上のように、本論文は我が国を源流とする新たな研究分野を生み出したものであり、日本物理学会論文賞にふさわしい業績である。

 

 

論文題目  Microscopic Calculation of Spin Torques in Disordered Ferromagnets

掲 載 誌  J. Phys. Soc. Jpn. Vol. 75 No.11 p113706 (2006)

著者氏名  Hiroshi KOHNO(河野 浩)、Gen TATARA(多々良源)、Junya SHIBATA

(柴田絢也) 

受賞理由:
伝導電子の電流によって誘起される磁気構造の運動は、現在スピントロニクスの分野で大きな注目を集めている。特に、スピントルクによる、強磁性体における磁壁の電流誘起移動現象は実験でも観測されており、その微視的な理解が必要とされている。磁性体におけるスピンの運動は通常、Landau-Lifshitz-Gilbert方程式と呼ばれる現象論的古典的運動方程式によって記述されるが、電流下でこの方程式に現れるGilbert damping a項と、b項の値によって、その形態が大きく違うことが知られていた。ある理論ではa=bを結論し、別の理論では、両者が異なることを結論していた。そこで、a,bの微視的導出が要望されていた。
本論文では、この問題に対して2重交換模型に磁性不純物による伝導電子のスピン緩和を取り入れて、Landau-Lifshitz-Gilbert方程式を微視的立場から導出し、a項、b項を電場とスピンのz方向からのずれに関する線形応答理論の範囲内で求め、従来の理論の現象論的性格を克服した。ダイアグラム法を用いて不純物効果を系統的に扱い、その結果、aとbは一般には異なる値を持ち、その性質は単一バンドの模型でも変わらないことを示した。
この論文は、この分野における理論研究の基礎になっているばかりでなく、応用研究にも有益な指針を与えるとして、国内外で大きな注目を集めている。特に、従来は未知の定数であったa,bを物質ごとに予測、設計する途を拓いたことは、特筆に値する。以上の理由で、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

 

 

 

日本物理学会第15回論文賞受賞論文選考経過報告

                   日本物理学会 論文賞選考委員会*

 選考委員会は2009年11月に発足、同時に第15回論文賞には18件、16論文の推薦があった旨物理学会事務局より報告があった。12月初旬に委員長・副委員長がメール合議の上、各推薦論文には閲読担当委員および外部レフェリー各1名に閲読をお願いすることとした。外部レフェリーの閲読結果は1月23日開催の選考委員会までに文書により提出された。
  選考委員会(病欠1名)においては、各担当委員より各論文の説明とそれに対する評価が、外部レフェリーの閲読結果も交えて紹介された。
その後選考委員により様々な観点から意見交換がなされた。審議の過程では、分野間や掲載誌間のバランスは考慮せず、各々の論文の独創性やインパクトなどを評価するようにし、選考委員会出席の委員全員が「優れている」と判断した論文が選ばれた。
  以上の経過を経て上記5編の論文が日本物理学会論文賞にふさわしいものとして決定された。

*日本物理学会 第15回論文賞選考委員会

 委 員 長  三宅和正

 副委員長  初田哲男

 委   員  川合 光、木下修一、九後汰一郎、高田康民、永長直人、

永宮正治、福山 寛、三間圀興、吉澤英樹