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日本物理学会第1回論文賞(1996年)
本会の第1回論文賞授賞論文5篇が2月29日開催の第343回理事会で決定され,4月2日に第51回年会総合講演会場である金沢市観光会館において表彰式が行われた.
この表彰制度は,独創的な論文により物理学に重要な貢献をした著者の功績を称えることを目的とするもので,前期の第520回委員会議(1995年5月)において別記の「論文賞規定」を含む諸規定が承認された.またこの制度設定のねらいについては会誌48巻(1993)1号の伊達会長(当時)の巻頭言を参照されたい.
5篇の受賞論文の標題,著者名,掲載誌・巻号,受賞理由は下記の通りである(順序は論文掲載誌の発行年度順).
記
- 標題: On the Angle Dependence of the Magnetoresistance in
Quasi-Two-Dimensional Organic Superconductors
著者: 山地邦彦
掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 58 (1989) 1520-1523
受賞理由: この論文は梶田らによって実験的に発見された擬2次元有機超伝導体の磁気抵抗が磁場の向きに対して特異な異方性をもつ現象を,はじめて理論的に明解に説明したものである.擬2次元金属のフェルミ面は,中ほどがふくらんだ筒型をしている.このため,磁場の向きが一般の場合には,磁場に垂直なフェルミ面の断面は分布をもち,磁場の効果は平均化される.著者は磁場が特定の方向を向くと,断面積が一定になり,系は純粋な2次元系と同等になって,強い磁場効果が現れることを見出したのである.この磁気抵抗振動現象は,2次元伝導面に垂直に電流を流した時に,結晶の磁場方向に対する角度θ(θは2次元伝導面に垂直な方向を零にとる)に対して,tanθ=(π/dkF)(n
-1/4)(d :伝導層間距離,kF :フェルミ波数,n
:整数)を満たす角度で抵抗の極大をとるものである.本論文はこの関係式を上述のような幾何学的な考察から導いたものであり,磁場の回転面を変えた測定によりkFの面内依存性が得られることを示している.
従来から,磁場中の電気伝導とフェルミ面の形状との関係は議論されていたが,フェルミ面の形状がこのように直接電気伝導に反映することを指摘したのは初めてである.この理論は,その後擬1次元導体にも拡張され,ド・ハース-ファン・アルフェン効果と並ぶフェルミ面決定の新しい方法を生み出した.この方法はドハース-ファン・アルフェン効果よりも測定が容易でかつ直接的な情報が得られるので,その応用範囲は今後広がっていくものと考えられる.事実,この新型の磁気抵抗振動現象はその後,層状グラファイト化合物,2次元超格子半導体においても観測され“Yamaji
Oscillation”と呼ばれている.本論文は1990年6月以前に発表されたものではあるが,国際的にも認められた独創的な理論であり,論文賞にふさわしい内容のものである.
- 標題: Upper Bound of the Lightest Higgs Boson Mass in the Minimal
Supersymmetric Standard Model
著者: 岡田安弘,山口昌弘,柳田 勉
掲載誌: Prog. Theor. Phys. 85 (1991) 1-5
受賞理由: 超対称標準模型は,標準理論の次のレベルの素粒子の世界を支配する力学として,理論的に大変期待されている.この模型は特筆すべき性質として,トリー・レベル(輻射補正を無視した近似)で
Z
ボソンより軽い中性のヒッグス粒子の存在を予言するが,その質量が輻射補正によってどのように修正を受けるかは,将来の高エネルギー加速器のエネルギーの設定にも係わって重大な意味を持つ.特にトップ・クオークの質量が以前予想されていたよりはるかに大きいことが明らかとなった現在,その大きな湯川相互作用による輻射補正がヒッグス粒子の質量にどのような効果をもたらすのかは重要な問題である.この論文は,摂動計算により,その効果を定量的に求め,トリー・レベルの質量の上限が輻射補正により大幅に補正を受け,百数十
GeV
までなり得ることを示したものである.その結論は高エネルギー実験の現在および将来計画に大きな影響を与えるとともに,その後世界的に進められた種々の粒子の質量への輻射補正の効果の理論的解析のきっかけとなったものであり,超対称模型に関する重要な論文として,世界的に高い評価を得ている.
- 標題: Antisymmetrized Version of Molecular Dynamics with
Two-Nucleon Collisions and Its Application to Heavy-Ion Reactions
著者: 小野 章,堀内 昶,丸山敏毅,大西 明
掲載誌: Prog. Theor. Phys. 87 (1992) 1185-1206
受賞理由: 堀内グループによるAMD理論*は,仮定を含まぬab
initioな理論で,原子核の構造を含む低エネルギー現象から中間エネルギー領域の核反応に及ぶ広い範囲でいろいろな実験事実を良く説明する優れた理論である.核構造に関しては,殻効果,クラスター効果や変形の効果を前提とすることなく計算の結果として良く再現し,また核反応に関してもクラスター生成や生成核子流に関する実験結果等をよく再現する.最近の原子核理論の中で傑出した理論の一つであると言えよう.原子核の研究は1970年代から新しい時代を迎え,中高エネルギー領域の核反応やエキゾティックな核構造の研究が進んだ.この新しい原子核実験の発展に対応する理論として実験屋が待ち望んでいた理論であるといって過言ではない.
本論文はまずAMD理論の詳細な記述から始まる.核を構成する核子の各々を配位空間におけるガウス型波束で表し反対称化を行って時間的展開を変分法で解くが,初期条件としての基底状態は摩擦冷却法によって決めるという計算方法を開発した.次に,核反応に関しては変数変換の際にパウリ効果をテストすることによってブロッキング効果を巧みにとりいれた.この論文ではこうして開発したAMD理論に二核子衝突過程を取り入れて定式化した重イオン反応の微視的な取り扱いを展開し,重イオン反応におけるフラグメント生成を論じている.
AMD理論は核構造と核反応の両面において展開する理論であり関連する論文は多いが,本論文は特に一連の研究を代表するものである.
*Antisymmetrized Molecular Dynamics
- 標題: Paramagnetic Effect in High Tc
Superconductors−A Hint for d-Wave Superconductivity
著者: Manfred SIGRIST and T.M. RICE
掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 61 (1992) 4283-4286
受賞理由: 高温超伝導体の発見以来,電子対の波動関数の対称性を確定することは,その発生機構にも関わる重要な問題であったが,実験的検証には決定的な決め手がなく,長く混乱した議論が続いていた.
本論文は,酸化物高温超伝導体 Bi2Sr2CaCu2O8の一部の試料で弱磁場中で超伝導転移する際に観測されていた常磁性効果(常磁性帯磁率の増加)が,試料結晶中に不均一に存在する超伝導微粒子界面でのジョセフソン効果による現象であり,かつ超伝導状態がd波の対称性をもつと仮定することによって,異常なマイクロ波吸収などの現象とともに,理論的に説明できることを示した.さらに,仮定した超伝導状態での対称性を確かめるための新しい実験(単結晶試料を用いた干渉計実験)の方法が有効であることを提唱した.その後,この実験が行われ,高温超伝導におけるd波対称性がほぼ確立され,重要な議論に決着がついた.
本論文は,高温超伝導の発生機構の研究分野に先駆的且つ明確な指針を与えた点においても,優れた論文であると評価できる.
- 標題: Cu NMR and NQR Studies of Impurities-Doped YBa2(Cu1−xMx)3O7(M=Zn
and Ni)
著者: 石田憲二,北岡良雄,緒方信人,神野 健,朝山邦輔,J.R.
Cooper and N. Athanassopoulou
掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 62 (1993) 2803-2818
受賞理由: 酸化物高温超伝導体の超伝導を担う電子対の対称性を実験的に確定することは,超伝導の発生機構にもからむ重要な問題である.本論文は,当時典型的な酸化物高温超伝導体であったYBa2Cu3O7について,超伝導を担っているCu2面のCuを非磁性原子Znと磁性原子Niにそれぞれ置換し,CuのNMR,NQRを系統的に詳細に研究することによって,高温超伝導の電子対が異方的d波対であることを世界に先駆けて主張した論文である.
著者らは,不純物の超伝導状態への効果が,非磁性原子Znの方が磁性原子Niより著しく,通常のs波超伝導体の不純物効果と逆の傾向を示すことを見出した.すなわち,Znを置換した場合には,低温までナイトシフトが残り,また緩和時間T1について1/T1Tが有限に残るのである.これはフェルミレベルにおける残留状態密度の存在,すなわち超伝導状態がギャップレスになったことを示している.このことは,その他の実験事実とともに電子対が異方波d波であるとすることによって統一的に説明できると結論している.この論文は,ミクロな立場で研究できるという磁気共鳴吸収実験の特徴と著者らの世界的にも高いNMR・NQRによる研究水準を生かし,高温超伝導の発生機構に関わる電子対の対称性について,先駆的研究指針を与えた点で,優れた論文であると評価できる.
(日本物理学会誌第51巻(1996)第5号、pp.390-391・別記として論文賞規定もあり。)
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