The Physical Society of Japan
日 本 物 理 学 会

日本物理学会第4回論文賞(1999年)

  日本物理学会第4回論文賞候補論文を募集したところ,期限(1998年10月末)までに各推薦母体から15篇の候補論文が推薦された.論文賞選考委員会は慎重な審議の結果,この中から5篇の論文を選び,推薦理由を付して理事会に推薦した.理事会で検討の結果,以下の5篇の論文に日本物理学会第4回論文賞を授与することになり,去る3月30日午前,広島国際会議場フェニックスホールにおいて,第54回年会総合講演に先立ち,表彰式が行われた.5篇の受賞論文の標題,著者氏名,掲載誌,巻・号・ページおよび受賞理由は以下のとおりである.

日本物理学会第4回論文賞受賞論文

  1. 標 題: Electronic States of Carbon Nanotubes
    著 者: 安食博志, 安藤恒也
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 62 (1993) 1255-1266.
    受賞理由: 最近, 物性物理学と化学との境界領域において様々な新規物質が創成され, 学際的研究が展開している. その代表例として, サッカーボール状炭素分子C 60 の発見に続き, 2次元的六方構造をもつグラファイトの炭素格子面が種々な形状に変形した物質系が, 基礎から応用に至る広い研究分野で盛んに研究されている. 特に, 1991年に飯島澄男氏(NEC基礎研)が電子顕微鏡によって円筒状構造の炭素固体物質(カーボン・ナノチューブという名で呼ばれている)を発見して以来, この分野はさらに多くの内外研究者の関心を引きつけて, 現在に至っている.
     この論文は, カーボン・ナノチューブの電子構造に 「有効質量近似」 を適用することにより, この物質系の特異な電子状態の特徴とその構造のトポロジー的特徴との関係を解析的に示し, さらに磁場を加えた場合に特異な物性が生じる可能性を, 優れた物理的洞察のもとに提示したものである.
      ナノチューブ構造では, グラファイトの炭素格子面が円筒状に巻き込まれるときのトポロジー依存性に由来して, その電子状態が半導体相や金属相に変化する. このことは, 本論文の発表以前に既に理論的に知られていた. 本論文の独創的な点は, このような特殊なバンド構造に対し, 固体物理学でよく知られた1電子近似理論である有効質量近似法を適用し, ナノチューブ構造に特有なトポロジー的条件を考慮して, その本質的特徴を定量的に解析したことである. 特に外部磁場を加えたときアハロノフ・ボーム効果に由来する顕著な磁気抵抗振動が生じる可能性など興味深い物性を, 実験研究者に対する重要な研究課題として明快に提示している. 現在, 内外の多くの研究者が, 本論文とそれに続く同著者の関連論文(いずれもJ. Phys. Soc. Japanに掲載)の実験的検証の努力を行いつつある. 1991年の多層ナノチューブの発見以来, 単層・多層ナノチューブの大量合成など研究が進展し, 基礎物性の研究対象としてだけでなく, ナノエレクトロニクスの素材としての応用研究も内外で盛んに進められている. その意味で, この興味ある物質系の新規な物性の開拓に関して, 本論文の重要性は, いまなお一層増している. 世界の物理学論文誌の中でJournalの高い水準を内外に認識させた点においても, 日本物理学会論文賞を受賞するに値する論文として高く評価できる.
     
  2. 標 題: Cosmological Reionization Caused by Structure Formation
    著 者: 佐々木伸, 高原文郎
    掲載誌: Prog. Theor. Phys. 91 (1994) 699-721.
    受賞理由: 現在の銀河間物質は完全に電離した状態にある. このことはクエーサーなどの遠方の天体からのスペクトルの特徴から観測事実で確認されている. 例えばライマン の吸収がないことから中性水素は一億分の一以下であるといったGunn-Petersonの議論がよく知られている. 一方, ビッグバン宇宙のシナリオでは, 水素原子は宇宙膨張による冷却でいったん中性化する. そしてこのために黒体放射が自由になりその残存放射として現在は2.7Kの宇宙背景放射が観測されている. したがって現在の状態を実現するには再イオン化が必要であり, その原因は天体が放出する紫外線UVなどのイオン化放射によって再イオン化が起こったものと考えられている.
      この論文の主題はこの再イオン化される状況を放射源となる天体構造の形成と関連させて論じたものである. 銀河などの放射源の形成は複雑な過程である. しかしここではその放射源の生成率をそのための必要条件ともいうべき原始密度揺らぎが成長して非線型の揺らぎに達する割合に比例すると仮定することで簡潔に記述している. 原始密度揺らぎが非線型に達する割合はPress-Schechter理論で推定することができる. さらにこの割合は膨張宇宙のモデルパラメータにも依存する. そしてこの割合とイオン化光子生成率の比例係数を仮定することで再イオン化とUV背景放射強度の履歴を計算することができる. このようにして再イオン化の過程と原始揺らぎのパワースペクトルを関連づける現象論的な枠組みが与えられるのである.
      定性的にはこのシナリオは新しいものではないが, この論文は, 膨張宇宙モデルのパラメータや原始密度揺らぎのパワースペクトルといった宇宙論的量と現在の宇宙で観測されるイオン化率やUV背景放射, などの宇宙物理的な観測量を関連させる枠組みを与えたものである. 今後の様々な観測, 理論の情報を総合することに役に立つものであると評価することができる. この論文は, 重力による大規模構造形成にのみ傾きがちだった当時の研究状況に新しい視点を持ち込んだもので, その後の望遠鏡による深部宇宙の観測の進展とタイアップした新しい研究状況を作り出すことに寄与するものである. 同時期にプレプリントが発表された福来・川崎による同趣旨の論文(外国誌に掲載)とともに, その後の研究の基礎を成しているといえる.
     
  3. 標 題: Giant Magnetotransport Phenomena in Filling-Controlled Kondo Lattice System: La1−x Srx MnO3
    著 者: 十倉好紀, 漆原 晃, 守友 浩, 有馬孝尚, 朝光 敦,
          木戸義勇, 古川信夫
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 63 (1994) 3931-3935.
    受賞理由: 銅酸化物高温超伝導体の発見以来, 強相関電子系の研究は飛躍的に発展し, この系の物質群が示す多様な物性が明らかにされつつある. その中には, 既に半世紀ほど前に研究が行われたが, 十分な理解が得られないままに残された問題が, 近年格段と進歩した実験手法と新しい理論手法とによって装いを新たにされた研究の表舞台に再登場しているものも多い. その一つの典型が, 本論文の研究対象であるペロブスカイト型マンガン系酸化物(La,A)MnO3 である. La3+ の一部をSr2+やCa2+ で置換した系が伝導性をもつ強磁性を示すことが既に1950年代前半の実験で見出されており, 同じ頃, それを説明する 「二重交換相互作用」 の理論をZenerが提起していた.
     本論文では, La1−xSrxMnO3 系について, 強磁性転移が見られるSrの濃度領域でその濃度xを細かく制御した良質の単結晶を育成し, 磁化測定と磁場の下での電気抵抗測定とを系統的に行い, 「二重交換系」 の示す巨大磁気抵抗の機構が明らかにされている. 具体的には, 磁気抵抗を磁化に対してプロットしたとき, 後者が強磁性相における自発磁化であるか, 常磁性相における磁場によって誘起された磁化であるかによらず, プロットが一つの普遍的な曲線を描くことを定量的に検証し, その結果が, Zener模型を現代流に読み直した 「強磁性結合の近藤格子模型」 に対する, 新しい理論的手法の一つである動的平均場理論で説明されることを論じている.
     本論文は, 電荷とスピンの自由度が絡んだ強相関電子系に固有な物性の一側面を見事に解き明かしたものであり, 今日, 世界的な規模で隆盛を極めているマンガン系酸化物研究の突破口となった. 本論文に続く研究は, 単なる 「二重交換相互作用」 ばかりでなく, 軌道自由度の役割, ヤーン・テラー効果, さらに, 電荷整列など, 他の強相関電子系物質に共通する, 広範で豊富な物性現象の理解に向かって展開されている. このように波及効果も大きい本論文は当然なことながら被引用回数も既に抜群に多く, 高く評価される.
     
  4. 標 題: Dual Ginzburg-Landau Theory with QCD-Monopoles for Dynamical Chiral-Symmetry Breaking
    著 者: 佐々木勝一, 菅沼秀夫, 土岐 博
    掲載誌: Prog. Theor. Phys. 94 (1995) 373-384.
    受賞理由: この論文では南部陽一郎博士ら(1974)により提案され, 1990年代になって格子QCDの研究において, 注目を集めるようになった, 「モノポール凝縮によるカラーの閉じこめ」 という描像に着目し, この機構を内包するQCDの赤外有効理論であるDual Ginzburg-Landau(DGL)理論に基づいて, クォークの質量演算子に対するSchwinger-Dyson方程式を解くことにより, 「カイラル対称性の自発的破れ」 を研究したものである. その結果モノポール凝縮は, カラー閉じ込めのみならず, カイラル対称性の自発的破れに対しても極めて大きく寄与すること, したがって, これらの二つの非摂動的現象が, 相互にモノポール凝縮を通じて深く関わっていることを示した. また同時に, 閉じ込め力, クォークの低エネルギーでの有効質量, クォーク凝縮, パイオンの崩壊常数などの, QCD真空やハドロンに関する非摂動論的諸量が系統的によく再現されることを示している.
     この論文で, 「閉じ込め効果」 と 「カイラル対称性の自発的破れ」 を関係づけたことは重要で, その後のこの方面の理論的研究に大きな影響を及ぼしており, 論文賞としてふさわしいものであると認めた.
     
  5. 標 題:Enhanced Magnetic Valve Effect and Magneto-Coulomb Oscillations in Ferromagnetic Single Electron Transistor
    著 者: 大野圭司, 島田 宏, 大塚洋一
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 66 (1997) 1261-1264.
    受賞理由: この論文は強磁性金属を電極とする単電子トンネル素子の作製に世界で初めて成功し, それを使って全く新しい磁気抵抗効果を発見し, 金属中の伝導電子の化学ポテンシャルが磁場によって変化することを示した非常に重要な論文である.
     二つの強磁性金属を薄い絶縁膜を介して接するように配置し, トンネル接合を形成すると, 強磁性金属の磁化の方向が平行か反平行かによってそのトンネル電流が変化することはかねてからスピンバルブ効果として知られていた. この論文では, トンネル接合を極めて微少に作り, 1個の電子がトンネルしたときに生じる帯電エネルギーが温度にして1ケルビン以下にし, 素電荷が量子化されていることによるクーロン閉塞の条件を満足させ, さらに微細な金属片を中間電極として二つのトンネル接合を直列につないでその両端をドレインとソースとし, それに中間電極と静電的に結合するゲート電極を加えたいわゆる単電子トンネルトランジスタを構成した. このような配置では, 中間電極にn個及びn+1個の余分の電子が滞在するときの静電エネルギーが縮退する場合に限り, ドレイン・ソース間に導通が生じる. したがって, ゲートの電位に対してドレイン・ソース間の抵抗が周期的に変動する.
     この論文の最も重要な結果は, この周期変動が素子にかけた磁場によっても生じることを発見したことである. 一般に, 外部磁場が金属の電位を変化させることは極めて考えにくい. しかし, この周期的変化の原因が, 金属のフェルミ準位, すなわち電子の化学ポテンシャルの変化であることを了解すれば, 磁場もまた化学ポテンシャルを変化させることが可能であることを, この論文が初めて指摘した.
     強磁性金属では, 自発磁化のために上向き電子のバンドと, 下向きのそれの, フェルミ準位における状態密度が異なる. これに磁場をかけると上向きバンドのエネルギーが下がり, 下向きのそれは上昇する. そのとき, 状態密度が異なるために両バンドが共有するフェルミ準位は変化せざるをえない. すなわち, ゲートによって中間電極の電位を変えるのと同じことが磁場によって起こることを見出したのである.
     この論文ではさらに, 既に知られているスピンバルブ効果が単電子帯電効果の影響を受けて増強されること, それには二つのトンネル障壁でのトンネルが同時に起こるような高次のトンネル過程が関与していることも報告していて, スピン依存トンネル効果の研究に多大の貢献をしたと評価できる.
     なお, この論文はレター論文であるが, さらに詳しい本論文がすでに発表されていることを付言する.
    1. Magneto-Coulomb Oscillation in Ferromagnetic Single Electron Transistors, H. Shimada, K. Ono and Y. Ootuka, J. Phys. Soc. Jpn. 67 (1998) 1359-1370.
    2. Spin Polarization and Magneto-Coulomb Oscillations in Ferromagnetic Single Electron Devices, K. Ono, H. Shimada and Y. Ootuka, J. Phys. Soc. Jpn. 67 (1998) 2852-2856.

(日本物理学会誌第54巻(1999)第5号、pp.407-408)


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