The Physical Society of Japan
日 本 物 理 学 会

日本物理学会第5回論文賞(2000年)

  本会理事会は3月28日に開催された第397回理事会において, 論文賞選考委員会の推薦にもとづき検討した結果, 以下の4篇の論文を 「日本物理学会第5回論文賞」 授賞論文と決定しましたので会員各位にお知らせします. 授賞式は本年9月24日(日)の午前, 第55回年次大会(従来の 「年会」 を改称)の総合講演に先立ち, 同会場である新潟県民会館において行う予定です. なお授賞論文選考の経過については末尾の論文賞選考委員会の報告をご参照ください.

日本物理学会第5回論文賞受賞論文

  1. 標 題: Pfaffian Representation of Solutions to the Discrete BKP Hierarchy in Bilinear Form
    著 者: 辻本 諭, 広田良吾
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 65 (1996) 2797-2806.
    受賞理由: 非線形偏微分方程式を適当な変換によって双一次形式に書き換え, これを直接に解くという方法は 「広田の方法」 として広く知られ, さまざまなソリトン方程式に適用されて成功を収めている. 特に, 解が行列式で与えられるKadomtzev-Petviashvili(KP)方程式系と, パフィアンで与えられるBKP方程式系(Bはリー群のカルタン分類のBを表す)の存在が有名である.
     一方, 同様の方法による時空離散型ソリトン方程式の研究も1977年に著者の一人広田良吾氏によって開始され, ジャーナル誌上に報告された結果のいくつかは先駆的なものとして世界中の多くの物理および数学の研究者によって引用されている. 特に, 本論文の著者たちは離散型KP方程式の双一次形式の解もまた行列式で与えられることを1993年に同誌上に公表した. 本論文はその延長線上にあるもので, 離散型BKP方程式系に対する解もまた連続の場合と同様にパフィアンで表されることをを証明したものである.
     証明はパフィアンの恒等式を用いた簡潔で美しい方法でなされ, 具体的に与えられた解の構造が詳細に検討された. また, 離散型BKP方程式がその連続極限として応用上重要な沢田・小寺方程式やロトカ・ヴォルテラ方程式を含むことも本論文で示された. 本論文により, 連続・離散いずれの場合においてもKPおよびBKP方程式系の双一次形式による解の研究が成功裡に完結したことになる. 広田によれば, パフィアンの方が行列式よりもある意味でより基本的であると言う. この予想の正当性および意義は今後の研究によって明らかにされると期待されるが, 本論文がその際にも基本的文献のひとつになることは疑いない. よって本論文は日本物理学会論文賞としてふさわしいものと認められる.
     
  2. 標 題: A New Interpretation of NMR in Quadrupolar Ordering Phase of CeB 6 ―Consistency with Neutron Scattering―
    著 者: 酒井 治, 椎名亮輔, 斯波弘行, Peter Thalmeier
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 66 (1997) 3005-3007.
    受賞理由: 本論文は, CeB 6 の 相と呼ばれる反強四重極秩序相における, 中性子散乱とNMRの実験結果の間の解釈の不一致を反強的八重極モーメントを導入することにより解決し, 長年謎とされてきたこの相の秩序状態を決定したものである.
     CeB 6 は典型的な4f電子系として, 広く研究されてきた物質である. CeB 6 中のCeはほぼ4f 1 の状態にあり, 軌道の自由度が存在するが, 立方対称な結晶場の影響により, 基底状態は 8 の対称性をもつ4重縮退の状態にあると考えられている.
     高温の常磁性状態から温度を下げると, CeB 6 はT Q =3.3K, T N =2.3Kの二つの温度で相転移を起こすことが知られている. T N <T<T Q の領域では磁気秩序は存在せず, 系は軌道が反強磁性的に秩序化した状態(反強四重極秩序状態)にあると考えられてきた. この系に磁場を加えると, 反強四重極秩序との結合により反強磁性磁気秩序が生じる. 従来, 中性子散乱と 11 B核によるNMRの実験結果は, この磁場誘起反強磁性秩序の波数ベクトルについて異なる結論を与え, 10年以上にわたって, 「 相のミステリー」 と呼ばれ, 長い間未解決の問題として残されていた.
      この論文に先立つ論文[R. Shiina, H. Shiba and P. Thalmeier: JPSJ 66 (1997) 1741]において, 椎名らは, 先に大川によって 8 基底状態に対して提案された相互作用を群論的に書き表し, そこに八重極-八重極相互作用が含まれ, 反強四重極状態では外部磁場により, 八重極モーメントが誘起されることを見出した. 本論文では, この誘起八重極によるB原子核に対するhyperfinefieldを群論的に考察し, 中性子散乱によって結論されていた(1/2,1/2,1/2)の波数ベクトルを持つ磁場誘起反強磁性状態から, NMRのスペクトルが矛盾なく説明されることを示した. 従来の解析では, 磁場による双極子モーメントの誘起しか取り入れられていなかったため, 中性子回折の結果と矛盾する結論が得られていたのである. また実験と一致する結果を得るためには反強四重極秩序は 5 型の秩序変数を持たなければならないと結論した.
      本論文は, これまで固体物理においてほとんどその重要性が認識されていなかった八重極モーメントが, 本物質において実際に重要な役割を果たしていることを初めて示した. また, 本論文を含む一連の仕事によって, 磁気相図を多重極相互作用によりよく説明できることを示し, 10年以上に渡って未解決であったCeB 6 の 相および, 低温相( 相)の全容がほぼ明らかになった. このことは, 単にCeB 6 の問題だけではなく, 固体物理学全般の理解のためにたいへん大きな貢献をしていると考えられる.
      このように, 本論文は著者らの粘り強い, かつ緻密な努力の結果得られたものであり, 非常に質の高い, 重要な結果を含む論文であると評価される. まことに 「日本物理学会論文賞」 にふさわしい論文である.
     
  3. 標 題: Rotational Alignment in the Associative Desorption Dynamics of Hydrogen Molecules from Metal Surfaces
    著 者: W.A. Dino, 笠井秀明, 興地斐男
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 67 (1998) 1517-1520.
    受賞理由: この論文は表面研究の一つの代表的な問題である動的過程の研究を理論的に行ったもので, 水素分子が金属表面から脱離する際に並進運動のエネルギーに依存してどのような回転状態をとるかという問題を考察したものである.
     著者らはこれに先駆けて, 水素分子の金属表面における動的過程での分子の並進運動と回転運動のからみの理論解析を継続して精力的に行っており, この論文もその一環である. その解析の手法は, 分子に対する断熱ポテンシャルを出発点として, シュレディンガー方程式をカップルドチャンネル法と呼ばれる方法で反応経路に沿って解き, 水素の動的挙動を量子論的に追求するもので, 脱離過程については脱離後の状態である分子の回転状態に依存した解析を行う.
      回転状態としては回転軸が表面に垂直なヘリコプター型と平行な車輪型を区別することが実験的にも重要であることが知られており, この論文で計算された並進運動対回転運動のエネルギーバランスと, この2つの回転状態のバランスが, Pd(100)表面についての実験結果と良く対応していることが示された. またこの結果を解釈する物理的描像もポテンシャルバリアと並進運動・回転運動のエネルギー, さらには回転状態の方位量子数の保存則などを用いて巧みに描き出されている.
     これらの結果は特定の金属表面での実験結果をうまく説明したというだけでなく, 一般に固体表面での2原子分子の動的過程が含む豊富な物理に対する理解を大きく進めるものである. この論文はレター論文であるが, 実験結果に的確に対応させて2つの型の回転状態が果たす役割をはっきりさせたという意味で, このグループの一連の論文の中でも大きく評価されるピークの一つと評価できる.
     
  4. 標 題: Space-Time Structures from IIB Matrix Model
    著 者: 青木 一, 磯 暁, 川合 光, 北沢良久, 多田 司
    掲載誌: Prog. Theor. Phys. 99 (1998) 713-745.
    受賞理由: この論文は, 当論文の著者たちを含む人たち(石橋h, 川合, 北沢, 土屋)によって提案された時空概念を含まない行列模型(IIB Matrix Model)の研究を進展させ, その模型が時空構造をも生み出す基本理論である可能性を論じたものである.
      眼目となる点は, 行列の対角要素に対する有効理論を, 非対角要素を積分することによって導き出し, それが対角要素の座標に関して短距離および長距離両方の領域で意味を持つ振る舞いを持つことを示している. さらにこの結果から得られた対角要素の座標分布を, 我々の住む4次元Minkowsky空間が生成されたものと解釈することが可能であることを主張している.
     これは, 通常弦理論で行われている, 10次元時空を4次元への人為的なコンパクト化によって実現する考えとは異なり, 我々の住む時空の次元に力学的な説明を与える可能性を示している点でユニークなものである.
     ただし, この研究で得られた4次元時空における重力相互作用をどのように理解できるか, 通常の弦理論における重力生成機構との関連性, 宇宙定数やニュートン定数の求め方など, 未検討の問題も多数ある.
      この理論の出発点となるIIB模型は, 著者たちを含む日本から発信された理論であり, オリジナリティーはきわめて高く, 国内外に与えた影響が大きい. 何よりも4次元時空の生成の可能性について具体的な機構を示した点において, 独創性を高く評価できる. これらの諸点を考慮して, 物理学会論文賞を授与する.

日本物理学会第5回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会 論文賞選考委員会

 今回の第5回論文賞には, 各推薦母体(JPSJ・PTP編集委員会, 本会受賞候補等推薦委員会, 本会各支部委員長, 各分科の世話人, 前期選考委員)から, 延べ14篇の候補論文が推薦された. 論文賞選考委員会* は2000年3月6日に選考委員会議を開催し, 各論文に対する専門分野の研究者から回答のあった意見も考慮に入れて慎重に審議した結果, 4篇の論文を選び, 理事会に推薦することとした.
 推薦論文はいずれも優秀な内容のものであったが,各専門分野の発展状況を検討した上で,論文の学界に対するインパクトの大きさ,将来への展開の可能性など,多面にわたり検討を行った. 結果として受賞の対象には,いずれもそれぞれの分野で指導的な役割を果たしておられる研究者を著者に含む論文が選ばれることになった.これ自体は内容においても,研究への息の長い情熱においても賞賛されることであるが,若い世代からの優秀な論文の投稿も望まれるところである.
*日本物理学会第5回論文賞選考委員会
委 員 長吉川圭二
副委員長川畑有郷
委員(50音順)秋光 純, 久保 健, 蔵本由紀, 国府田隆夫,鈴木増雄, 谷畑勇夫, 張紀久夫, 細谷暁夫, 吉村太彦

(日本物理学会誌第55巻(2000)第5号、pp.401-402)


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