The Physical Society of Japan
日 本 物 理 学 会

日本物理学会第6回論文賞(2001年)

 本年度の 「日本物理学会第6回論文賞」 受賞論文は, 論文賞選考委員会の推薦に基づき, 3 月10日に開催された第409回理事会において, 以下の5編の論文と決定されました.
 受賞式は本年3月29日 (木) の午前, 第56回年次大会の総合講演に先立ち, 同会場である中央大学多摩キャンパス9号館クレセントホールにおいて執り行われました. なお, 受賞論文選考の経過については末尾の論文賞選考委員会の報告をご参照下さい.

日本物理学会 第6回論文賞受賞論文

  1. 標 題: Coexistence of Different Symmetry Order Parameters near a Surface in d-Wave Superconductors II
    著 者: 松本正茂, 斯波弘行
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 64 (1995) No. 12, 4867-4881
    受賞理由: 本論文は, d 波超伝導体の表面近くでの秩序パラメーターについて理論的に考察したI, II, IIIの3部からなる論文の一部をなす. ここでは直接の授賞対象である論文IIを中心として述べる. この論文では, 秩序パラメーターが空間変化する超伝導中の電子状態を準古典近似で記述するEilenbergerや永井克彦らの定式化を活用して, d 波超伝導体の表面近傍における超伝導秩序パラメーターを自己無撞着に決め, 準粒子状態を解析した. その結果, 表面近傍では, 十分に低温になるとバルクの状態の対称性とは異なる新しい対称性を持つ超伝導状態が実現する可能性があることを具体例を挙げて示した.
     その一つは, d 波状態とs 波状態とが90度の位相差をもって共存する状態 ((sid )波状態) である. さらに, この(sid )波状態の性質を詳しく検討した結果, d 波状態のみの場合に表面準粒子状態密度に現れるフェルミ・エネルギー上のピーク (いわゆるゼロバイアス・ピーク) が, (sid )波状態の場合には2つのピークに分裂すること, また, (sid )波状態は時間反転対称性を破っているため, 表面附近に自発電流に起因する磁化を伴うことを示した. この新状態の出現の有無は秩序パラメーターと表面の向きに強く依存する. バルクの超伝導の対称性がd x 2y 2 である場合には, (110)表面で上に述べたことが出現する.
     その後, これら一連の論文がその可能性を指摘した現象は, 実験的にCovington, et al. (Phys. Rev. Lett. 79 (1997) 277) によって類似の実験結果が観測されたことを受けて, その際の理論的解析 (Fogelstrom, et al.: Phys. Rev. Lett. 79 (1997) 281) の出発点として, これら一連の論文の結果が引用されている.
     以上をまとめると, これら一連の論文の仕事は, 酸化物高温超伝導体の超伝導の対称性であるd波超伝導の特性の1つとして重視されているゼロバイアス・ピーク現象について, 従来からの考え方が根本的な修正を受ける可能性があることを指摘したもので, 予言された結果はその後の観測結果にも関係があると推測されている. 実験の解釈などについての最終的決着はついてはいないが, 理論的に得られた結果及びその結論の斬新さの点で上記の論文は物理学会論文賞にふさわしいものと信じる.
     
  2. 標 題: Photonic Band Using Vector Spherical Waves. I. Various Properties of Bloch Electric Fields and Heavy Photons
    著 者: 大高一雄, 田辺行人
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 65 (1996) No. 7, 2265-2275
    受賞理由: フォトニック結晶は, 1980年代に小林哲郎やYablonovichが, 屈折率が光波長のオーダーで三次元的に周期的変化をする固体中に光を閉じこめる可能性を指摘して以来, 量子光学の新しい研究対象として, また, 新しいフォトニクスデバイスへの期待から多方面で研究がなされるようになった. 量子光学的に興味ある現象の大部分は三次元的にバンドギャップが開いて初めて実現する. バンドギャップのあるフォトニック結晶を作る努力は今も続いているが, 理論的にも1990年代にいくつものフォトニックバンドの計算が行われてきた.
     著者らはフォトニック結晶という語が定着する遙か以前の1970年代から球状誘電体微粒子が周期的に配列した物体のフォトニックバンド構造研究のために, 電子バンド構造の計算で広く知られているKKR法をベクトル場に拡張した理論の構築に努めてきた. 当論文, およびそれに続く3つの論文は, この先駆的研究と, 著者らの高度なバンド計算技術を駆使して, きちんとした数学的基礎のもとにベクトル球面波展開によるフォトニックバンド構造理論を構築し, 集大成したものである. この研究がフォトニック結晶研究の, とくに本邦における実験的研究の, 著しい発展の基礎固めと理論的サポートに果たしてきた貢献は大きく, 論文賞にふさわしい業績である.
     
  3. 標 題: Wilson Renormalization Group Equations for the Critical Dynamics of Chiral Symmetry
    著 者: 青木健一, 森川慶一, 住 淳一, 寺尾治彦, 友寄全志
    掲載誌: Prog. Theor. Phys. 102 (1999) No. 6, 1151-1162
    受賞理由: 青木氏らのこの論文は, Wilson流の繰り込み群をカイラル対称性の自発的破れの問題に対し初めて適用し, 格子シミュレーションと相補的な役割を演ずる解析的な系統的手法を提案した画期的な業績であり, 論文賞にふさわしい業績である. この方法では, 波長の短い場については積分してしまい, カットオフΛより小さい波数の場に対する有効ラグランジアンを定義して, Λを変化させた時のラグランジアンの変化を調べ, 遠距離で重要となるラグランジアンがどうなるかを調べる. 無限個の局所場の積を用いれば厳密な理論になるが, この論文ではカイラル対称性の自発的破れに重要な項だけを取り出して繰り込み群方程式を解いた.
     もともと南部陽一郎氏が用いたこの4体のフェルミ型相互作用は, 摂動論的な繰り込み群では無視できる項だが, ゲージ場との相互作用があるときには長距離で重要になり, カイラル対称性の自発的破れを引き起こすことが示された. さらに沢山の局所演算子を導入すれば精度を上げることができ, 今後カイラル対称性の自発的破れを更に精密に研究するベースとなることが期待される.
     以上のような意味で, この論文は, 物理学会論文賞にふさわしいものである.
     
  4. 標 題: Direct Observation of Orbital Order in Manganities by MEM Charge-Density Study
    著 者: 高田昌樹, 西堀英治, 加藤健一, 坂田 誠, 守友 浩
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 68 (1999) No. 7, 2190-2193
    受賞理由: 固体の中で, その系の 「物理的性質」 を支配しているのは, 主に 「電荷」 と 「スピン」 の自由度であるが, 最近, 第3の自由度として 「軌道」 の自由度が多くの注目を集めている. とくにマンガン酸化物が示す種々の興味ある物性は, その軌道秩序にあるのではないかと考えられており, 多くの理論家および実験家の興味を集めている. しかし, 軌道秩序を直接観測する手段としては, X線によるATS散乱と, 偏極中性子回折法があるが, 両方法とも一長一短がある.
     本論文は, 放射光という大変強いX線ビームを用いて, 大変精度の高い粉末解析データを収集し, 著者らが開発したマキシマムエントロピー法(MEM)とリートヴェルト法を組み合わせた新しい方法, MEM/リートヴェルト法により高分解能の電子密度分布を求め,マンガン原子の軌道整列状態をMn-O結合電子密度の異方性としてイメージングし,室温と低温における軌道整列の有無を直接観測したものである.
     著者らは,研究対象として,低温で反強磁性を示す層状ペロブスカイト型マンガン酸化物NdSr2Mn2O7を選んだ.この物質は, 室温で,Mn原子上のeg 電子が2次元的なd x 2y 2軌道か1次元的なd 3z 2r2軌道かのどちらかを不規則に占有する.低温での反強磁性は2次元的なd x 2y 2軌道のみを占有するために現れると考えられていた.この物質については,軌道整列に伴う超格子反射が低温で現れないため, ATS散乱を利用した共鳴散乱法では軌道整列状態を明らかにすることができない.著者らは, NdSr2Mn2O7の室温と低温における電子密度分布を求め,低温相においてMnO2面内の結合が面間のMn-O結合よりも強くなることから, eg 電子が低温で2次元的なd x 2y 2 軌道を占有することを実験的に明らかにした.
     X線回折による電子密度解析は, この分野の正攻法であるが, 情報理論に基づく新しい解析法と強力なX線源を組み合わせることで, 高精度の解析を行うことが可能であることを示した点が, 本論文の特徴である. この方法は, 一般の微細な結合形態の変化の観測をも可能にするもので, X線回折法の新しい方向を示しており, 今後固体物理学に大きな貢献ができると考えられる. 以上, 本論文は, MEM/リートベルト法という手段を用いて, 軌道秩序を直接観測する方法を確立したという点で, 大変優れた研究であり, 「日本物理学会論文賞」 にふさわしい論文である.
     
  5. 標 題: Optimal Design of Dipole Potentials for Efficient Loading of Sr Atoms
    著 者: 香取秀俊, 井戸哲也, 五神 真
    掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn. 68 (1999) No. 8, 2479-2482
    受賞理由: 現在,中性原子のレーザー冷却研究はほとんどがアルカリ金属原子を使って行われている. しかし, アルカリ金属では得られない特徴的な研究を行える原子は他にもあり, アルカリ土類原子はその一つである. 外殻電子を2個持つアルカリ土類原子は, 基底状態からの強い一重項遷移と弱い三重項遷移を持つ. この二つの遷移を組み合わせることにより, ごく普通に使われているドップラー冷却法のみで, ボーズ凝縮を期待できるサブミクロンケルビンの温度まで原子を一気に冷却する事が出来る. この技術を開発したのも著者らである.
     ドップラー冷却は非常に効率よい冷却法であるが, 冷却過程で自然放出された光子の再吸収による加熱があるため, これのみでは原子気体のコヒーレントな状態であるボーズ凝縮は実現しない. そこで, レーザー冷却した原子を保存力のトラップである磁気トラップに移して光を用いない冷却法 (蒸発冷却) で冷却する方法がもっぱら採られている.
     著者らは磁気トラップの代わりに, 全く見向きもされていなかった光双極子トラップに原子を移し, 再びアルカリ土類原子の準位構造をうまく使って光双極子トラップ中でレーザー冷却を働かせることに成功した. その結果, 0.2という高い位相空間密度を得, ボーズ凝縮まで後一歩のところまで迫った. この論文はこの成果を述べたものである.
     この方法によれば, 従来のように冷却とトラップを段階的に行うのではなく, 連続的 (定常的) に行う事が可能になる. したがって, この成果は, 単にアルカリ金属以外の原子でボーズ凝縮の可能性を初めて示しただけでなく, 多くの研究者の夢である光過程のみを使ったボーズ凝縮や連続発振原子レーザーの実現への道筋を示した価値の高い研究論文である. まだボーズ凝縮に至ってはいないが, 独創性の高さから十分論文賞に値するものである.
     

日本物理学会第6回論文賞受賞論文選考経過報告

日本物理学会 論文賞選考委員会

 今回の論文賞には12件の推薦があったが, その内の2件は同じ論文に関するもので, 推薦された論文は11編である. 2001年 2 月24日の選考委員会において, この内から5編を選び理事会に推薦した. なお各論文とも委員以外の専門家1名に参考意見を求めた.
 受賞論文の内容は, 地道で重厚な理論, 独創的なアイデアを高度な技術で実現させた最先端の実験, 等のバラエティに富んだものであり, JPSJ, PTPが物理学の総合雑誌として分野に片寄らず高い水準を持っていると言えよう.
 推薦された論文数は去年の14編に比べると少ないが, いずれも水準が高く, その中でも少なくとも8編は十分に論文賞に値する内容のものであった. これを規定の5編以内に絞るのは非常に難しく, 長時間の議論の末にやっと決着がついた.
 受賞の対象となる論文は, 原則として発行から5年以内のものであるので, 理論ならば予言の実験的確認, 実験ならばデータの解釈に関してまだ異論のあるものも無いではない. しかし, このようなものでも独創性が高く, その分野をリードする可能性のあるものは採択した.
 なお, ある論文の著者の一人は, 前回に続いての受賞であるが, これを禁ずる規定はなく, また, 二つの論文は全く異なる現象に関するものであるので, 差しつかえはないと判断した.
 最後に, 今回やむをえず見送った論文の中には, 数年の後もう少し評価が固まれば十分に受賞の可能性があると考えられるものもあったことを付け加えておく.

*日本物理学会 第6回論文賞選考委員会
委 員 長川畑有郷
副委員長荒船次郎
委員(50音順)秋光 純, 蔵本由紀, 斎藤 晋, 清水富士夫, 長岡洋介, 東島 清, 細谷暁夫, 堀内 昶, 前川禎通

(日本物理学会誌第56巻(2001)第5号、pp.383-384)


(社)日本物理学会論文賞へ戻る