The Physical Society of Japan

日 本 物 理 学 会

日本物理学会第9回論文賞(2004年)

 2004年度の「日本物理学会第9回論文賞」は、論文賞選考委員会の推薦にもとづき、3月13日に開催された第446回理事会において、以下の3編の論文に対して与えられることになった。
 表彰式は3月29日(月)の午前、第59回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である福岡市民会館の大ホールに於いて行なわれた。なお、受賞論文の選考の経過については表彰式の際に鈴木厚人選考委員長から報告されたが、本記事の末尾にも掲載したのでご参照いただきたい。

日本物理学会 第9回論文賞受賞論文

  1. 標 題: Simple Evaluation of Chiral Jacobian with Overlap Dirac Operator
    著 者: Hiroshi Suzuki(鈴木博)
    掲載誌: PTP Vol. 102 No. 1 141-147 (1999)
    受賞理由: カイラルフェルミ粒子は、自然界の物質粒子の基本を成す構成要素であり、その場の理論的取扱いは極めて重要である。特に、カイラルアノーマリと呼ばれる現象は、カイラルフェルミ粒子の持つカイラル対称性と量子効果を結び付ける基本的関係式である。
     カイラルフェルミ粒子を含むゲージ場のダイナミックスを解くためには、時空格子上の非摂動的な取扱いが必須であるが、従来はカイラル対称性を保つ上で非常な困難があった。しかしながら、最近、Domain-Wall法、あるいはOverlap法と呼ばれる方法により、カイラル対称性を保つ格子上のカイラルフェルミ粒子の定式化が可能になり、その一つの成果として有限格子間隔においても、カイラルアノーマリの関係式と対応する式の成立が知られていた。
      本論は、格子上の関係式から出発して、格子間隔がゼロの極限を取ることにより、カイラルアノーマリの連続極限の表式が得られることを示したものである。エレガントな計算により結合定数gによらず、一般的なカイラルアノーマリ関係式が導かれることを示した点に、斬新さが認められる。また、連続極限において成立するAtiyah-SingerのIndex定理によるカイラル異常の導出法も作った。これらの定式化は、格子理論が本来の目標とする非摂動的方法によって行なわれている非常に優れた業績である。このように本論文は、場の量子論、超弦理論の発展に大きく寄与する点において、日本物理学会論文賞にふさわしいと考えられる。
  2. 標 題: Polarization Dependence of Resonant X-Ray emission Spectra in Early Transition Metal Compounds
    著 者: Masahiko Matsubara(松原雅彦)、 Takayuki Uozumi(魚住孝幸)、 Akio Kotani(小谷章雄)、 Yoshihisa Harada(原田慈久) and Shik Shin(辛 埴)
    掲載誌: JPSJ Vol. 69  No.5 pp 1558-1565 (2000)
    受賞理由: 近年、高輝度放射光を用いた物性測定がますます固体の微視的な性質のプローブに重要な役割を果たすようになってきている。遷移金属化合物は固体物理において長い研究の歴史をもっており、d電子が示す電子相関効果などの特徴的な振る舞いがユニークな世界を形成している。
      本論文は、この二つを組み合わせ、遷移金属化合物としては最も簡単な電子配置(3d0配置および、それから生じる配位子との混成状態)をもつSc3+やTi4+の化合物を、共鳴X線放射分光により実験的に調べ、理論計算と比較した仕事である。
      本論文が特に力強いものになっている点は、実験的には軟X線源として高エネルギー加速器研究機構のphoton factoryの偏光を用いたことであり、第二点は、この実験を、理論と組み合わせて議論した点である。
      具体的には、ScF3とTiO2に対して、2p rightarrow 3d rightarrow 2pという過程に対応する共鳴軟X線放射分光を実験的に求めた。2次光学過程である弾性光散乱や非弾性光散乱(ラマン散乱と呼ばれる)を検出するX線放射分光は、X線光電子分光などとは相補的な情報を与える。特に、試料表面に垂直な散乱面に対して入射光の偏光方向を変えることにより新たな情報が得られる。
      本論文は軟X線領域での共鳴X線放射分光としては先駆的な仕事である。
      光源に用いたシンクロトロン放射光は高輝度のみならず、その発生機構からして偏光しており、これにより偏光依存性(入射偏光ベクトルが散乱面に平行なdeporalized配置と、垂直なpolarized配置との差)を探索することができる。本論文はこのような偏光依存性を調べた実験としても初期のものであり、偏光依存性が大きいという結果が示された。これを理論と比較するために、計算ではクラスター模型に対して、多重項も取り入れ、また上記の偏光依存性も含めて、2次の光学過程のスペクトルを求めた。結果は、実験と一致して、スペクトルが偏光方向に強く依存する。この論文ではさらに、偏光依存性の機構を解明するために、この系のエネルギー準位スキームに対して、光学遷移行列要素に対するWigner-Eckart定理を適用することにより、deporalized配置かpolarized配置かに応じて選択則が異なることが群論的に示せ、これにより偏光依存性が説明されることを結論した。
      このように、この論文は、共鳴軟X線放射分光に実績のある実験グループと、遷移金属の分光スペクトルの理論に実績のある理論グループが共同することにより、我が国の軟x線放射分光の高いレベルを示した論文となっており、日本物理学会論文賞にふさわしい業績と判断される。
  3. 標 題: Antiferromagnetic Phases of One-Dimensional Quarter-Filled Organic Conductors
    著 者: Hitoshi Seo(妹尾仁嗣)、 Hidetoshi Fukuyama(福山秀敏)
    掲載誌: JPSJ, Vol.66 No.5 pp.1249-1252 (1997)
    受賞理由: 分子性固体では、低次元性、電子間クーロン相互作用、電子・格子相互作用など物性物理に登場する重要な要素の多くが互いに関係しあって、超伝導、誘電性、モット絶縁性、磁気秩序など多彩な物性が現れる。本論文は、擬一次元構造をもつ典型的な有機導体である(TMTTF)2X、(TMTSF)2X (X=Br, SCNなど)において電荷秩序相が現れることを予言した理論の論文であり、このような系における電荷自由度の重要性を認識させた先駆的な研究である。
      本論文の著者らは、反強磁性体である(TMTTF)2Brと(TMTTF)2SCNのNMRの実験結果から示されたスピン構造が、それまでに考えられていた分子二量体に電荷が等価に局在するモット絶縁体では説明できないことに着目し、拡張ハバードモデルと平均場近似を用いてスピンと電荷の構造を理論的に調べた。モット絶縁体と磁気秩序をもたらすオンサイトのクーロン斥力Uと電荷秩序を引き起こすサイト間のクーロン斥力Vの役割が異なり、それぞれがどのように寄与するかによって電荷とスピンにおける対称性の破れのパターンが決まり、相図が決定される。著者らは、スピン構造や電荷の偏りを具体的に求め、絶縁体相において電荷秩序相が出現することを予言した。この予言は核磁気共鳴および誘電率測定の実験によって実証された。
      本論文が与えた新しい解釈と予言が、有機導体においても電荷自由度が重要であることを認識させる発端となり、その後の理論および実験研究の発展を促した。分子性固体における電荷秩序の研究は世界的な規模で進展し、スピン、格子などの自由度との結合も考慮することにより深化している。本論文はこの分野の研究の新しい方向付けをした研究であり、日本物理学会論文賞にふさわしいと判断される。

日本物理学会第9回論文賞受賞論文選考経過報告

日本物理学会 論文賞選考委員会*

 今回の論文賞には6件の推薦があった。例年の審査方法にならって、各候補論文につき選考委員から1名、および委員以外の専門家から1名の方々に評価をお願いした。2004年2月20日に選考委員会を開催し、評価者の意見を参考に議論し、2篇を授賞論文候補に決定した。しかし、他の1篇については、評価が分かれたため、さらに1名の専門家に評価を依頼した。そして、後日その評価を加えて議論し、最終的には3篇を授賞論文候補として、理事会に提案した。

 推薦された論文の質は高く、議論は長時間に及び白熱した。授賞論文はその業績のみならず、今後のその分野の研究の発展に大きく寄与することが期待されるもの、実験と理論が融合した高い業績を有するもの、世界的な研究の展開を促進させたもの等、レベルの高さがうかがえた。また、賞の候補から外れた論文の中には、将来の発展によっては、大きな評価が期待されるものもあり、これらの論文は、将来の授賞論文候補として期待したいところである。

 今回は推薦論文総数が6篇と、前回(第8回)の18篇に比べて極めて少ないことが、選考委員会で問題として提起された。推薦母体が論文を精選して、推薦論文を1篇に絞ったために、このような結果を招いたものと考えられる。このような推薦方式をとると、選考委員会の存在意義が問われることになる。また、僅か数編の推薦では、論文賞の意義そのものも問題になる。論文賞は来年で10回を迎えることになるが、これまでの選考経過報告を参考にして、広く多くの団体、個人からも推薦できるよう"論文賞の在り方""推薦母体の在り方"を議論する時期にきていることを痛感した。


*日本物理学会 第9回論文賞選考委員会
委 員 長鈴木 厚人
副委員長秋光  純
委員(50音順)青木秀夫、 大塚孝治、 河野公俊、 中村新男 、二宮正夫、堀  秀信、 政池  明、 覧具博義、 和達三樹

(日本物理学会誌第58巻(2003)第5号 掲載予定)


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