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50年をかえりみる

格子ソリトンの発見

戸田盛和*


1. 非線形の問題

ここで取り上げるのは最近の非線形波動理論の物理的な面である.これは1960年代からはじまり,ソリトンという言葉で象徴されている.数学者の貢献も大きく,数学的な面を含めて全体を客観的に見渡すのはむずかしい.そこで筆者が関係したことを中心にして述べてみたい.知識の不足や記憶ちがいなど,不十分な点もあると思うが,適宜に補いながら読んでいただければ幸いである.
物理の理論では,自然を記述する理論式があり,これを解くという問題がある.たとえば光学現象を記述する電磁場の方程式があり,これを目的に応じて具体的に解く問題がある.ソリトンの理論にもいくつか物理的な出発点がある.第一は最も古く,天体力学などにおける運動方程式の積分可能性,あるいは不可能性の問題がある.これにはKowalevskajaの独楽のような可積分系の問題,Poincar の積分不可能系の研究などが属する.第二は統計力学の基礎に関係する(これはいささか疑わしいが)といわれているエルゴード問題である.第三には不純物を入れた結晶の格子振動と半導体の不純物準位および波動の局在現象を厳密に取扱う問題などがある.さらに第四には本質的に非線形な流体力学の問題がある.ことに前世紀末から知られていた流体力学の Korteweg-de Vries (KdV) 方程式はプラズマの研究に現れたりして再び脚光をあびることになった.

この第三の問題に関連し1956年頃から基礎物理学研究所を中心とする一つの研究グループが発足した.これには当時盛んになりだした計算機実験の刺激が大きかった.イギリスのDean1, 2)は格子振動のスペクトルが不純物による鋭い山をもち,固有振動が著しく局在することを数値的に示したが,これらは通常の摂動的計算と一致しなかった.ここから摂動的な近似法に対する反省が生じ,厳密な扱いを志すグループが作られたのであった.自然現象に対する理論式はある程度の近似あるいは仮説を含み,さらにこれを解くのに近似が入ることが多いが,このための不確かさをできるだけ避けたいという思想である.手はじめに一番簡単と思われる不純物の入った結晶格子の振動を主題としたので,このグループは「格子グループ」と略称され,10年以上続いて現在の「ソリトングループ」に引き継がれた.


2. 非線形格子の再帰現象

最近の非線形問題研究の発端は,世界的に見ると上述のエルゴード問題に関するFermi−Pasta−Ulam(FPU)の計算機実験2, 3)であった.Fermi は若いときにこの問題を考察したことがあり,1950年代はじめに当時発達してきた計算機を使って数値的にこれを再び吟味しようとしたのである.彼は非線形格子の振動では線形モード間の結合によって運動が乱れてエルゴード的になるであろうと予想したのであるが,数10個の同じ質量の粒子からなる1次元格子に対する数値計算では,線形格子に似た周期的な運動がおこなわれることが発見された.この再帰現象をくわしく検討するため,J. Ford4)は数個の粒子が非線形相互作用で結ばれた小さな体系を非線形摂動論と数値計算で調べ,この体系にも線形格子に似た固有振動が,少くとも近似的には存在することを確かめた.
このFordの短い論文は私が非線形問題に入り込む直接の原因になった.Ford論文にはその計算の動機はFPUの研究であると明記されてはいたが,FPUは研究所の報告として出版されたもので当時は見ることができなかった.しかし情報が多すぎると目移りしがちになるから,参考にしなければならない論文が少なくて自分の考えに集中できたのは,かえって幸いだったと思う.そのため積分可能な非線形格子モデルをはじめてジャーナルに発表したときの参考文献は,Fordの上記の論文と数学のテキスト一つだけであった.2, 5)

この格子モデルの発見にはそれなりの下地がいくつかあった.その頃の研究テーマの一つに,いわゆるマスター方程式からでなく力学そのものから熱伝導の法則を導き出したいという問題があった.2)この法則はおそらく同位体や格子欠陥などによる不完全さと原子間力の非線形性を考慮しなければ解明できないだろうと思われた.まず同位体を不純物として含む1次元線形格子と,原子はすべて同じだが相互作用に不等性がある線形格子との固有振動が全く同じ場合があることを発見し,これらを双対格子と名付けた.2, 6)そして次には非線形格子の性質をさぐるべく努力していた.

Fordの論文を読んだときの感想として,粒子間の相互作用を適当にとれば,線形の固有振動に似た周期的な波動が厳密に伝播するような非線形格子がおそらくあるにちがいないという信念らしきものを与えられた.そこでそのような1次元格子をまず発見することだと思い立ったが,手がかりになるものはほとんど何もない.周期的な波動といってもフーリエ級数のような線形重ね合わせは役に立たない.

このとき試行錯誤でたどった道を思い出しながら,大変プリミティーブで恥かしいことが多いが少し述べてみよう.これから新しいことを発見しようとしている人などの御参考になれば幸いである.


3. 周期解をもつ非線形格子の発見5)

まず1次元の一様な非線形格子の運動方程式は

であるが,すでに多くの人がこの形で考えているにちがいないから,別の方程式でいかなければならない.そこで思いついたのが,上記の双対格子を非線形の場合に用いることであった.ここで f 'の逆関数を c として

とおく(nは変数nの時間微分).このためには逆関数 c が1価関数でなければならず,これは格子モデルを制限するかも知れないが,我慢することにすると,(1)は

となる.たとえばsnとして正弦波はsnA sin( wt−kn)を仮定すると,(3)は c ()〜 を与え線形格子の波動方程式となることが容易に示される.

問題は(3)が正弦波以外の周期的な波によって満足されるかということになる.正弦波以外の非線形波の候補としてまず考えられるのは楕円関数であろう.そこでJacobiの楕円関数 sn, cn, dn をsnとして調べてみたが,sn−1sn+1−2snnの関数とならないので(3)は満たされない.そうしている中にあるときふと思ったのは,正弦波の2乗はまた正弦波の重ね合わせであるが,Jacobiの楕円関数の2乗はもとのものとちがった関数になるから,これらも別の候補として調べなければならないということであった.そのときちょうど夏休みで海岸の避暑地にいて手もとには数学辞典など少数の本しかなかったが,幸い巻末の公式集に楕円関数も含まれていたので,これをもとにしてあれこれと楕円関数を独学することになった.その結果,sn関数の2乗に対する加法定理

を得て,これが(3)に似ていることを直観した.そこでさらに

を導入すると,(4)は

と書き直せる.ここでe(u)は周期関数ではないが,

uの周期関数である(K, Eは第1種,第2種の完全楕円積分).この楕円関数Z(u)の周期は2Kであるので,

nは振動数,lは波長,bは定数)とおき,aを定数として分散関係

を導入すると(3)は満足でき,このとき

したがって格子の粒子間の相互作用のポテンシァルは

となる.2, 5)このポテンシァルは波の特長である振幅,振動数および波長を含まない.これは f (r)がポテンシァルであるために満たさなければならない性質であったが,abを定数にとればこの要請は自然に満たされたのである.

この格子(戸田格子)に対し運動方程式(1)は

と書ける.そして周期解(8)は(2),(11)により波形として

を与える.これは楕円関数の母数k が0に近いときは線形波(正弦波)になるが,kを1に近くすると海の波のように山がとがり,谷が平らな波形になる.


4. ソリトンとの出会い

上に述べた非線形格子の発見は1966年であったが,寺本英さんの助力によりその年の秋から学術振興会の援助を受けて半年間を京都大学ですごした.ここで多くの方と交流する機会をもったのは大きな幸であり,水の波に対して1895年に得られていた連続体の非線形波動のKdV方程式や,その数値解で発見された安定なパルス型の波ソリトン8)の存在を知ったのもこのときであった.
前節の格子波動とKdVの類似は明らかであった.波長の長い場合の連続体近似をとり,一方向に進む波に着目するとKdV方程式が得られる.そして波長を無限に大きくし,同時に母数kを1に近づけた極限において(13)は孤立波(1個のソリトン解)

を与える.

しかしこの孤立波がソリトンとしての特性をもつことを示すには,2個のソリトンが衝突する解(2ソリトン解)を求め,ソリトンの安定性を明らかにしなければならない.たまたまKdV方程式の2ソリトン解の結果だけが書いてあるLaxの論文があったが,その解を眺めているうちにこれがlog何とかを微分したものであることに気がついた.そこで1ソリトン解(14)を見直すと,これは log cosh ( an±bt) の2階のt微分になっているではないか.そこで一般に(13)格子の方程式(12)の解は

という形に書けるであろうと考えた.解をこのような形で表わした最初である.1ソリトン解は f n=cosh( an ±bt)で与えられるので,2ソリトン解として

( km )とおいてみると,格子の方程式(12)を満さなければならないことから, b , g , B/A は k , m の関数として定まり,これが2個のソリトンの向心衝突と追いつき衝突を与えることが示された.これはジャーナルのSupplementに発表されている.2, 9)

1968年に京都で日本学術会議主催,日本物理学会などの共催する統計力学の国際会議が開かれ,H. Frhlich, J.E. Mayer, I. Prigogine, D. ter Haar なども来日した.格子力学関係ではDean, Zabusky, E.W. Montrollなどの講演もあった.その頃の日本の学界では黒板を使わずスライドにしたので,この会議でもこれを要請していたが,Montrollは講演の直前になって黒板を要求して我々をあわてさせた.彼は解析解をもつ非線形格子を発見したと思ったことがあったが,それは残念ながら誤りだったなどと話していた.

この会議で上記の2ソリトン解を発表し,ソリトンの集団を考えれば再帰現象が説明できるという話をした.すでに述べたようにFPUは非線形格子の再帰現象を発見したが,これを格子の連続体近似で吟味しようとしたZabuskyはこの近似がKdV方程式を与えることを発見し,さらにこの方程式をKruskalと数値的に調べてKdVも再帰現象を示すことを確かめると同時に,ソリトンを発見したのであった.8)

KdV系の運動は有限個のソリトンの集まりで近似できる.これらのソリトンが有限長の周期場を異なる速さで回るとすると,各ソリトンが1周する時間の最小公倍数ごとに運動が再帰されることになるが,これは数値的に確かめられる.非線形格子のFPU系の再帰現象も運動を格子ソリトンの集まりと見れば解釈できるわけである.


5. その後

余談になるが,60年安保のあとでくすぶっていたある動きがこの頃から学界や大学の中に再び現れはじめていた.日本物理学会ではいわゆる米軍資金問題が生じ,研究者や学生同志が反目し合ったりする事態になったのは大変不幸なことであった.日本物理学会でも委員長(その頃は会長といわず委員長といった)が辞任を余儀なくされたり,退会者が出たり大さわぎになった.そのため1967年に急に副委員長にされて,それから数年間にわたってさわぎを収め学界を再出発させる仕事に参加することになった.
それに加えてその数年前から筑波学園都市構想というのが出てきて,東京教育大学を筑波へ移転させる話がもち上ってきた.これは見合いの程度の話であるなどといっていたのが,大学の中に同調する黒い雲のようなものがおこり,理学部はことにひどかったので1970年には大学附置の光学研究所へ移った.学会の仕事もやめて気ばらしの積りで行ったブラジルではコレステロール値が400を越すほど高くなったので急に帰国したりした.

1973年にNORDITAの援助でノルウェーのTrondheim大学理論物理学研究所に勤めたのはこのようなときであった.この期間に仕事をまとめる積りであったが,Fordからの手紙でM. Hnon10)(フランス)とH.Flaschka11)(アメリカ)が非線形格子(12)が粒子の個数だけの保存量をもつことを発見したという知らせがあり,仕事をまとめるどころか新たに勉強しなければならなくなった.さらにFlaschkaは無限に広がった1次元格子(12)に対し任意個数のソリトンからなる解(Nソリトン解)を与えた.12)これはKdV方程式に対してKruskalたちが発見した逆散乱法13)とよばれる解法を不連続な格子に適用した解法であった.プレプリントでこれらのことを勉強してTrondheim大学の紀要にまとめた.14)これをタイプしてくれる大学の秘書が雪でころんで足を折ったため仕上げが1ヶ月おくれるハプニングもあった.Trondheimでは雪と雨が交互に降るので道が鏡のようにつるつるに凍り,慣れた人でもすべって病院に運ばれる人が多いのである. しかしここの研究所ではH. Wergeland 教授をはじめとするスタッフの世話になり,すばらしい1年をすごすことができた.この間に世界最北のTroms大学(ノルウェー),イタリヤのMaggiore湖畔の研究所,スペインのMadridの大学などで非線形格子についての講演や講義をおこなった.また,この期間に中近東の戦争のためオイルショックがおこり,ノルウェーでも影響があって自動車のガソリンのキップが配られたが,実際にこれを使う必要は生じなかった.

帰国した頃,阪大数学教室の伊達悦朗と田中俊一により非線形格子(12)に対する一般的な周期解が求められた.15)有名な数学者 M. Kac も独立に周期解の求め方を示している.16)彼はArizonaの会議で会ったとき,指数関数に関するものなら何でも興味があるというようなことを話していた.この大学にはFlaschkaやたんぱく質におけるソリトンの伝達などを研究している A.C. Scott(半年はデンマーク)がいる.

周期系の一般解を具体的に表すと,Riemannの多変数テータ関数が必要になる.これを勉強したことはなかったので数学のテキストを調べたが,複雑なRiemann面上の積分には大変悩まされた.1977年Como湖の会議に出席した帰りに短期間Trondheimに滞在して周期系の話をまとめ,17)後にはSpringerの本18)にも書いたが,もっとわかりやすい解法はないものかと今でも釈然としないものがある.いくらか理解できるようになったのはKowalevskajaの独楽の論文19)と M. Kac が3粒子周期系を扱った手紙を比較したときのことであった.これらは共に自由度3の体系で運動は同じような超楕円積分で表されるのである.

1977年から80年まで学術振興会の日米協力研究を組織し非線形波動の研究者の交流に努めた.

いままでの研究で,ここに書ききれなかったものも多い.未完の研究も多い.研究途中と考えているものには非線形破壊の現象,20)熱伝導の問題,21)非線形格子の分配関数から導かれたある数学公式22)などさまざまである.もちろん高次元の非線形格子へ拡張する問題や量子化の問題などがある.2次元の熱伝導については古くVisscher2, 23)の研究があり,数値計算には実はソリトンが現れていたのを誰も気がつかなかったのである.

ここでは主に物理的な問題を挙げてきたが,すでに見たように物理的な問題から将来も数学的問題が多く生じるにちがいない.24)この方面でも多くの研究者が独創的な道を切り開いていくことを期待したい.


文 献

  1. P. Dean: Proc. Roy. Soc. 254 (1960) 507.
  2. 戸田盛和編:『計算機実験』新編物理学選集54(日本物理学会,1973).
  3. E. Fermi. J. Pasta and S. Ulam: Document LA-1940 (May 1955). Collected Papers of Enrico Fermi, Vol. 2 (Univ. Chicago Press, 1965) p. 49.
  4. J. Ford: J. Math. Phys. 2 (1961) 387. J. Ford and J. Waters: ibid. 4 (1963) 1293.
  5. M. Toda: J. Phys. Soc. Jpn. 22 (1967) 421.
  6. M. Toda: J. Phys. Soc. Jpn. 20 (1965) 2095.
  7. M. Toda: J. Phys. Soc. Jpn. 23 (1967) 501.
  8. N.J. Zabusky and M.D. Kruskal: Phys. Rev. Lett. 15 (1965) 240.
  9. M. Toda: Proc. Int. Conf. Statistical Mechanics, Kyoto, 1968, J. Phys. Soc. Jpn. Suppl. 26 (1969) 235.
  10. M. H  non: Phys. Rev. B 9 (1974) 1921.
  11. H. Flaschka: Phys. Rev. B 9 (1974) 1924.
  12. H. Flaschka: Pnog. Theor. Phys. 51 (1974) 703.
  13. C.S. Gardner, J.M. Greene, M.D. Kruskal and R.M. Miura: Phys. Rev. Lett. 19 (1967) 1095.
  14. M. Toda: Arkiv for det Fysiske Seminar i Trondheim (1974) No. 2; Phys. Rep. 18C (1975) No. 1.
  15. E.Date and S. Tanaka: Prog. Theor. Phys. 55 (1976) 457.
  16. M. Kac and P. van Moerbeke: Proc. Nat. Acad. Sci. USA 72 (1975) 2879.
  17. M. Toda: Arkiv for det Fysiske Seminar i Trondhein (1977) No. 3.
  18. 戸田盛和:『非線形格子力学』(岩波書店,1978,増補版.1987). M. Toda: Theory of Nonlinear Lattices (Springer, 1981, 2nd ed. 1988).戸田盛和:『非線形波動とソリトン』(日本評論社,1983).M. Wadati, ed.: Selected Papers of Morikazu Toda (World Scientific, 1993).
  19. S. Kowalevski: Acta Math. 12 (1889) 177.
  20. M. Toda, R. Hirota and J. Satsuma: Prog. Theor. Phys. Suppl. 59 (1976) 148.
  21. M. Toda: Phys. Scr. 20 (1979). 424.
  22. M. Toda: Nonlinear Dispersive Wave System, ed. L. Debnath (World Scientific, 1992) p. 435; Future Directions of Nonlinear Dynamics in Physical and Biological Systems, ed. P.L. Christiansen, J.C. Eilbeck and R.D. Pamentier (Plenum Press, 1993) p. 37.
  23. D.N. Payton III, M. Rich and W.M. Vischer: Phys. Rev. 160 (1967) 706; Proc. Int. Conf. Localized Excitation in Solids, California, 1967 (Plenum Press, 1968) p. 657.
  24. 戸田盛和:『波動と非線形問題30講』(朝倉書店,1995).

**151東京都渋谷区代々木5-29-8-108