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バーチャル研究所のプロジェクト・リーダーとして岸田純之助〈(財)日本総合研究所 107東京都港区赤坂4-8-6 赤坂木元ビル6階〉物理学に限らず,どの分野の科学研究も日進月歩である.発展途上国も含め研究人材の数は着実に増加している.従って研究者は,絶えず世界全体の動きに目を配っている必要がある.どんな素晴らしい才能の持ち主であっても,自身の研究室にこもる孤高の学者として業績をあげることはいまでは困難になった. 最近はやりの言葉を使うなら,研究者は,いわば「バーチャル研究所のプロジェクト・リーダー」として自身の研究課題を設定し,研究計画を樹て,研究体制の組織化を進めることが不可欠となったのである.研究者は,バーチャルな,つまり形は見えないが,日本だけでなく世界に拡がる仲間で切磋琢磨する研究所の,作り方のノーハウを会得し,規模の大小はあるにしても集団研究を進める能力を涵養することが求められている. バーチャル・リアリティ(仮想現実感)という言葉が広く使われるようになったのは90年ごろからだが,いまではバーチャル・コーポレーションが現実的な命題として語られるようになった.新しい時代の産業構造,あるいは企業活動の方向を示すキーワードの一つとも受け取られている. 研究者の研究テーマへの取り組み方も,同じ言葉を用いて表現できるように,私には思われるのである. 80年代の初頭,「タコツボの掘り方とつなぎ方」という表題で,ある学術書に巻頭言を書いたことがある.「先生たちはみんなタコツボに入っていて,けしからん」.大学改革を唱える学生たちが教授達をこうなじったのに対し,当時学長であった,私の尊敬する工学部の先輩が,「それぞれ自分のタコツボを一生懸命に掘ってくれる先生が,たくさんいなければ困る.それが大学の役割だ」と答えたのを題材にした一文である. ある程度広い面積をとって掘り進まなければ,深く掘りにくい,それには集団で掘ることが必要になる,深く掘ったいくつかのタコツボをつないで見るという掘り方も新しく出てくる,研究者の関心の広さ,他分野の専門家とのコミュニケーション能力が必要になる,…などと論じた.いまや,それをもっと方法論的に洗練する必要性が増している,というのが私の感想である. それぞれの学問分野で,さまざまな学会・研究会が設けられ,多くの研究者が複数の学会や研究会に所属している.それは,どんな主題に取り組むにしても,関連のある諸領域の専門家との情報交流や,さまざまな形での協力が,欠かせないとの認識があるからだろう.学問の構造がいわばinterdisciplinaryあるいはmultidisciplinaryな性格を強めている,という現状がその根底にある. 理学系の各学問分野だけでなく,工学部と理学部との境界もあまり明確にはできない時代に入っている.大型加速器の例でも明らかなように,純粋研究の手段が技術進歩の度合いに依存し,時には研究テーマの決定もこれに影響される場合が増えている.理論分野の研究であっても,ある段階で必ず実験による検証を必要とする.関連する広い範囲の専門家の協力なしには,はかばかしい前進が実現できにくい. 産業革命はこれまでに三つの段階を経過した.18世紀の最後の4分の1世紀から始まった,材料技術の進歩を中核にする第一次産業革命,その約100年後からの電気というエネルギー技術の発展に特徴づけられる第二次産業革命,1970年代からの,情報技術の参入で加速され拡がりを増した第三次産業革命である.もしこの後第四次産業革命の時代が始まるとすれば,多分それは生命関連の技術がその中核になるだろう.こうした過程が,それぞれ理学系の研究に影響を与えないはずはない. そうなると,最初に述べたバーチャル研究所のプロジェクト・リーダーは,こうした技術の領域,さらには国際経済や国際政治にまでも,しかるべき関心と知識を持つことが当然必要となろう. そもそも,バーチャルという言葉が市民権を持ち始めたのは,コンピュータや通信など情報技術の急速な発展による.パソコン通信の拡大,インターネットの急速な拡がりで,バーチャル・コーポレーション,またここで提案しているバーチャル研究所も,真実味を持って論じられる条件が整ってきたといってよかろう. 共同研究を計画できる仲間が,世界全体に拡がってきたのである.それは,人材流動性にも影響を与えずにはおかないと思う. バーチャル研究所のプロジェクト・リーダーとしての研究者に求められる要件は,次のように整理できよう.
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