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周辺からみた物理

物理学会への期待

知野恵子 

〈読売新聞社 100-55東京都千代田区大手町1-7-1〉

科学報道にたずさわってしみじみ感じるのは,一般読者の科学・技術関係記事に対するアレルギーがかなり強いことだ.

ことに「物理」と聞いただけで,「生活に関係ない」「全然わからない」と,毛嫌いする人も少なくない.

これは中学・高校時代に,暗記や試験に苦しめられたという苦い思い出があるせいだろうか.

かくいう私も,「科学記者」という肩書きが後ろめたいほど,物理や化学などの科目が苦手だった.

だが高校三年生の時に,厳しいと定評がある物理の教師にめぐりあい,情ないことに追試験を受けるのが嫌で,重たい腰を渋々上げて,必死に勉強したことがある.

その成果が実ってか,まあまあの成績をとることができた.その時,「物理って理屈立てて考えることができるのでいいな」と感じた.丸暗記で乗り切ろうとしていたところが,筋道立てて考えていく楽しみを知ったのだ.

以来,物理学はそう怖がるものではないと思うようになった.科学部の仕事でも,物理関連のテーマに関しては親しみを感じるのはそういう “原体験” に根ざしているのかもしれない.

この面白さや楽しみが,なぜ一般的に認知されていないのだろうか.

よく言われるのは,生活に関係が薄いということだ.しかし我々が甘受している身の周りの便利さは,科学技術及びその基本の物理学の恩恵をたっぷりと受けている.我々がその存在に気がつかなくなってしまっただけだ.

それを象徴するものの一つが,若者の理工系離れだろう.「生活が便利になり過ぎたために,科学技術に対するあこがれが少なくなったせいでは」との指摘もある.

総理府の世論調査によると,二十代の若者の中で科学技術に関連するニュースや記事について「大いに関心がある」「まあ関心がある」と答える人は減少傾向にある.そして,「くらい」「忙しい」「ださい」……など科学技術に対するイメージはかんばしくない.

だが若者にしても科学技術のすべてにしらけているわけではないだろう.ある種類のテーマについては関心が高い.たとえば宇宙開発.宇宙の誕生の謎に迫る研究から宇宙飛行士の活躍まで,読者の記事に対する反響も大きい.

読者に宇宙ファンがやみくもに多いというわけではない.用語一つとったって簡単ではない.だが「言葉や知識の壁」を越えてなお訴えかけてくるものがあるからだろう.

こうした思いを支えているのは未知のものへのワクワクドキドキ感と言えるのかもしれない.

あたりまえのことながらその根底にあるのは物理学だ.

創立五十周年を迎えた貴学会だけに,ぜひもっとワクワクドキドキ感をアピールするような,講演会などの企画を進めてほしい.

さらに学問そのものだけでなく,物理に関わる魅力的な人間像などをいきいきと伝えることも大切だろう.

たとえばわが国では昨夏に大ヒットを飛ばした米国映画「アポロ13」.エンジニアリング用語も多いし,機械絡みの話を敬遠する人も少なくない.なのに,おそらく一度も宇宙開発に興味を持ったことのない人をも感動させることができたのは,米航空宇宙局(NASA)のエンジニア,宇宙船内の飛行士,地上の宇宙飛行士の家族やNASAの管制センターの職員などの人間ドラマが描かれていたからだろう.

物理学にも同じような視点が必要だと思う.

たとえばビッグサイエンスの世界ではどうだろうか.戦後五十年の節目にあたる昨年は,原爆開発にたずさわった科学者たちの物語が書店に並び,一般人の関心を呼んだ.

他にもテーマはたくさんありそうだ.この二月に米国立加速器研究所の国際共同実験グループの解析の結果から,クォークよりも小さい粒子が存在する可能性を示す実験結果が出た.この実験に携わった研究者やその周辺の方々など興味の対象はつきない.

欧州原子核連合(CERN)が中心になって進めている大型

粒子加速器(LHC),わが国のスーパーカミオカンデ,米国の予算不足から計画を中断してしまったSSC(超伝導大型加速器),大型望遠鏡計画など,大型研究施設とそこに夢をかける物理学者の物語など,取り上げたいことは枚挙にいとまがない.

取材でお会いした研究者の中には,「新聞は,我々のやっていることの過程ではなく,結果さえきちんと伝えてくれればいいんだ」とおっしゃる方もいる.だが,本来は泣き,笑いなどのドラマのあるもっと血の通った世界であるはずだ.

結果重視の学会の枠に閉じこもっているだけでなく,さまざまな世界へも進出してほしい. ここまで書き連ねてきたことは我々,マスメディアに携わるものの仕事でもある.「物理学」を純粋科学として取り扱い,読者の特定される科学欄の中にだけ閉じ込めておけば,息づいた報道にはならないだろう.そこに流れている人間の情念や,思いをも伝えていきたい.

「素粒子のことがわかっても,世の中に一体何に役立つのか」という声も出るだろうが,「いや,違う」ということを生き生きと報道するように日々努力を続けていきたい.