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周辺からみた物理

物理学は「物理」学ではなくなる?

上岡義雄

〈日本経済新聞科学技術部〉

近代以来,少なくとも2度の科学革命があったといわれている.その一つは16, 7世紀にCopernicus,Bacon, Descartes, Kepler, Newton 等々によってもたらされたもので,新しい力学的世界観を形成した.

イギリスの近代史研究家,Herbert Butterfield は1949年に著した『近代科学の起源』で,この科学革命は世界史において画期的な意味を持つものであったと分析している.彼によれば,科学におけるこの革命は中世のスコラ哲学を崩壊させただけではない.ルネサンスや宗教改革よりもさらに革命的な意味を持ち,近代の起源はルネサンスや宗教改革よりも,むしろ科学革命にこそ求められると指摘した.

もう一つの科学革命は,20世紀前半にEinsteinやRutherford, Bohr, Heisenberg, Dirac, Pauli, Fermi, 湯川等々によってもたらされたもので,新しい宇宙観・物質観を構築した.Newton力学からEinsteinの相対性理論への移行に象徴される革命である.

この科学革命の柱をなす宇宙論や素粒子論は,人類の英知を虜にしてやまない魅力に満ち溢れ,その理論や物事の捉え方・考え方は科学だけではなく,あらゆる思想に計り知れない影響を及ぼしてきた.

これら二つの科学革命は,いずれもその主役が物理学であった.物理学が「キング・オブ・サイエンス」と呼ばれ,それが長い間素直に受け入れられてきた理由はそこにあると思う.物理学は科学史家Thomas S. Kuhn のいうパラダイムを形成してきたと言うこともできる.近代以来,物理学は華々しい成功を収めてきた.

では,現在においてはどうなのだろうか.

世紀末を迎えてこの方,パラダイムシフトが論じられつつある.新しい科学革命が起こりつつあるのではないか,科学革命に向かって科学が変わり始めているのではないか,という議論である.

新しいパラダイムがどのようなものになるのか未だ伺い知れないが,特徴の一つは,物理学が形成したパラダイムの克服が目指されていることである.それ自体は至極当然のことであり,むしろ,これまでのパラダイムが物理学を中心に形成されたことの証(あかし)とも言えるだろう.

しかし,近年論じられている新パラダイム形成に向けた動きは,その域にとどまっていないところに,もう一つの特徴があるように思われる.物理学自体が問題提起しているという側面以上に,生命や生態系の研究,情報科学,地球環境科学,等々をはじめ,社会科学を含む様々な学問分野から問題提起されている側面が強い.

いわゆる要素還元主義,決定論,主客問題などは,物理学者らが自覚的に乗り越えようと試みているだけではなく,他の領域の科学者らが,自覚的にか無自覚的にかはともかくとして,旧来のパラダイム(パラダイムと目されている要素還元主義や決定論など)に挑戦しつつあり,それを突き破るのではないかと期待を抱かせる研究がますます広がる方向にあるように見える.

21世紀前半に巻き起こりそうな科学革命の主役は,近年のこうした動きの中に存在しているのではないだろうか.

物理学者が読むこの雑誌で,物理学の研究はもはや科学の主役ではない,などという“大胆?”な意見を書こうとしているわけではない.

いうまでもなく現代の科学は,従来比較的はっきり見られた物理学,化学,生物学といった学問分野の境界線が薄れ,融合領域,境界領域の科学が台頭し,それが成長しつつある.分化(あるいは分科)を旨とする学問を以て,それを科学と呼ぶなら,融合を特色とする最近の科学は,分化以前の学問への里帰りか,科学を超える新しい科学への飛躍か,といった感さえ抱かせる.

融合研究の活発化は,科学の対象,つまり科学研究の中身が変わってきたことの反映であろう.物理学と言うと従来は,物質と力の学問,というイメージが強かったが,最近は何を以て物理学と言うのか,物理学者とは何を研究している人を指すのか,外部の人間には判断しにくい研究が増えている.他の学問領域についても,事情は基本的に同じである.対象が変われば研究も変わり,理論の枠組みが変わるのは当然の帰結かも知れない.

物理学を含むそうした新しい研究の流れが,次の科学革命を演出しつつあると言っても過言ではなさそうである.

ジャーナリズムに携わるわれわれにとって,物理学の話題は常に関心の的であった.宇宙や素粒子に関する話題は,ジャーナリズムにおける科学の話題の中で,扱いが突出していた.現在もその状況はたいして変わっていない.

しかし,将来はそれだけではなく,まったく新しい話題が登場してくるのではないか.また,そうでなければ人類の未来は開けないだろう.科学の進歩がこれまでのように人類の幸福や,豊かな社会の実現を保証するものであるかどうかはまったく予測がつかないが,科学の飛躍がなくしては解決できないであろうあまたの問題を人類は抱えている.新しい成果がジャーナリズムの新たな焦点になる時代を迎えた時,物理学は「物理」学ではなくなっているのかも知れない.