2005世界物理年によせて
--世界物理年における広義の教育活動--
鈴 木 康 夫 〈世界物理年委員会委員 拓殖大〉
[日本物理学会誌 Vol.60 No4(2005)掲載]
日本物理学会(以下、物理学会)は最近、学会の憲法ともいうべき定款の変更を行い、物理学を社会に伝える広義の教育活動にも力を入れることになりました。物理学の研究が社会の中で行われ、物理の成果が社会に浸透している現在、社会に対する物理教育・広報活動は、国費の援助を受けて活動する公益法人としての説明責任を果たすことにもなります。日本社会は男女共同参画などに関して世界各国から遅れをとっています。研究教育は男女の差なく活躍できる分野であり、身体的障害の影響も受けにくい職業であると思います。したがって、社会に対する広義の教育活動は、開発されていない豊富な人材リソースへのアクセスにもなります。
今年は世界物理年です。和達物理学会会長・2005世界物理年委員長の目指すものは、この新しい定款に則った活動です。昨年1月に設置が宣言された物理学会2005世界物理年委員会(以下、世界物理年委員会)は、国際物理年によって研究予算や国際会議の費用を増やそうなどと目先の利益だけを追求することは料簡が狭いと考えています。これまで物理を研究させていただいたことによって得られた成果を社会へ還元するための活動を目指しています。この広義の教育活動は、人材発掘にもつながり、日本における物理学の発展に寄与する活動と考えます。
世界物理年にあたって、世界物理年委員会では、なによりもまず、普段の支部活動や会員のボランティア活動による一般市民への啓蒙活動や小中高生への教育活動が大切だと考えています。会誌2月号に報告されたように世界物理年日本委員会が発足し、そちらで統一して財政基盤を整えていただくことになりました。物理学会の委員は、これまで物理学会会員がボランティアで行ってきた地道な活動に、ぜひ率先して財政的援助が与えられるよう日本委員会に働きかけています。
物理学会には北海道、東北、新潟、北陸、名古屋、京都、大阪、中国、四国、九州の10の支部があり、普段からさまざまな教育活動に取り組んできています。物理学会以外にも、応用物理学会や日本物理教育学会の支部活動もあり、今年はいつにも増して活動が盛んのようです。3学会支部が協力して、2005世界物理年の催しを行うところもあります。例えば、名古屋支部では5月に 「たんぱく質の4次構造」、 北海道支部では8月に「WYP2005記念講演」、大阪支部では9月に「青少年のための科学の祭典」といったイベントが行われる予定です。
また国際会議を運営してくださっている会員からのご協力もいただいております。例えば、京都大学基礎物理学研究所と物理学会が共催する「湯川国際セミナー:アインシュタインの遺産とその新しい展開」で一般講演会が催される予定です。その他、多くの研究機関や大学が、社会に開かれた講演会を計画してくださっています。研究者や大学生を対象とした普段の活動とは違って、一般市民向けの活動は、私たち会員にとって多くの努力と工夫を必要とするところで、ご苦労が多いと思いますが、社会に開かれた催しが全国各地で行われるよう、引き続き会員の方々のご協力をお願いしたいと思います。
一方、若い世代へのはたらきかけに関しては、子供向け雑誌の連載企画「子供たちに物理の楽しさを」への会員からの実験提案は20テーマを超え、趣のいろいろ違った実験が子供たちを楽しませています。世田谷区から初等中等教育への協力依頼を受けて、世田谷区が行っている土曜課外講座の一つに「サイエンス・ドリーム-理科のすすめ-」を設けました。東京には支部がありませんので、新たに実行委員会(委員長阿部龍蔵) を設け、 以下の講義を企画しました。 (講師敬称略) 10月30日「ベクトル」(兵頭俊夫)、12月11日「オーロラ極地観測」 (巻田和男)、 12月18日「ひねり技で探るミクロの世界」(延與秀人)、1 月22日「流れる、飛ぶ、そして天気」(神部勉)、 2 月 5 日「君の手作り真空実験」(古田豊)、3 月19日「音」 (島村美裕紀)。 若い生徒さんたちと研究者との間の熱い質疑応答は見ていても楽しいものがあります。物理に特別興味を持っている生徒だけでなく、できることなら全国のすべての生徒に理科(物理)という科目や研究者たちの考え方を知ってもらいたいと思います。同時に、普段子供たちを教えていらっしゃる先生方にも参加していただき、いろいろな物理の考え方や教え方に触れていただきたいと思っています。
物理学を学習する上で大事なことは自然に対して興味を持つことであり、もっと大切なことは感動を覚えることだと思います。会員のみなさんが受けた感動を少しでも若い世代に伝えることができればと思っています。アインシュタインは、教育について「学校で習ったことをみんな忘れてしまったとしても、そのあとに残っているもののことである。」 と語ったそうです。 ファインマンも「教育とは、教育などしないでもよいという幸福な状態でないと大した効果がない」という言葉を引用しています。私たちがボランティアでできることは、ほんのわずかなお手伝いです。本来の学校での学習が充実して、私たちの協力が必要なくなる将来がくることを祈りますが、それまでは、会員が地元でそれぞれの得意な分野について気軽に活動できる基盤を作ることも物理学会の役割の一つだと感じています。
(2005年1月21日原稿受付)