2005世界物理年によせて
--アインシュタインから
湯川・朝永へ--
九 後 太 一 〈京都大学基礎物理学研究所所長〉
[日本物理学会誌 Vol.61 No1(2006)掲載]
半世紀前の1953年夏、日本学術会議の主導のもとに、場の理論および統計力学などの基礎物理学の国際会議が、創設されたばかりの基礎物理学研究所(基研) を中心に開催された。 後にノーベル賞を受賞する気鋭の物理学者15名を含む、約60名の海外から出席者を得たこの国際会議は、戦後初めての大きな国際会議であり、文字どおり国際的、国民的な支援のもとに開催された。政府はもちろん、 国外からUNESCO、 ロックフェラー財団、 米国 NSF などの財政的援助のほか、国内の企業や小学生も含む一般の人たちからの寄附金も総額1、470万円にも達したという。
理科離れ、科学離れが懸念されている今日、基礎物理学に対してこれほどの熱狂的な国民的支持は望むべくもないかもしれない。しかし、我が物理学界は、2006年3月31日に朝永振一郎博士の、2007年1月23日に湯川秀樹博士の、それぞれ生誕百年という機会を迎える。再び国民のより広範な支持と理解を得ることができるよう、基礎物理学研究所も今年の世界物理年に参画するいくつかの行事を行ってきた。その一端を紹介したい。
第一回目は、市民講演会「21世紀物理学へのプロローグ」 (2005年 3 月12日、湯川記念館大講演室)を開催し、筆者、九後が「力の起源:ゲージ相互作用」、太田隆夫氏が 「ゆらぎの不思議」、 という題でそれぞれ講演をした。聴衆は100名ほどで、定年後の熟年の人が多かったが、熱心な質問がなされた。
第二回目も市民講演会「カーナビから宇宙まで-アインシュタイン理論の現在と未来」(2005年 7 月 2 日、 京都大学理学部6号館)を開催した。これは、同じく世界物理年参画行事として基研で開催された湯川国際セミナー2005「アインシュタインの遺産とその新しい展開」 (6 月27日〜7 月 1 日) とそれに引き続き1カ月間開催された滞在型国際研究集会「Gravity and Cosmology」との間隙に持った。客員教授として滞在中でこれらの研究集会に参加していたAndrei Linde博士(Stanford大学)と中村卓史教授(京都大学)を組み合わせた講演会で、集まった聴衆を魅了した。Linde博士は弦理論に基づく最新のインフレーション宇宙論のシナリオをやさしく解説した。講演は英語であったが、パワーポイントは日本語訳が同時に投影され、司会者が所々解説を挟んだ。また、中村卓史教授は、本誌の9月号にも載った「カーナビと相対性理論」の話をし、相対性理論が日常生活にも直接役立っていることを強調した。大学生位の若い人が目立った聴衆は200名を超え、熱心に聞き入っていた。
10月17日には、「A Career in Physics」と題して、京都大学女性教官懇話会と共催で、 湯川記念館においてHelen Quinn博士(Stanford線形加速器研究所)の公開講演会を開催した。Quinn博士ご自身の経験を例にとって、物理学の基礎研究の面白さ、研究者の生活、女性研究者の直面する問題について話され、若い女子学生などの参加もあり、皆さん、博士の人柄とその魅力的な生き方に感銘を受けた。
最近には、少し趣が異なるが、基研研究会「学問の系譜-アインシュタインから湯川・朝永へ」 (代表世話人: 坂東昌子)を11月7、 8日の2日間開催した。南部陽一郎博士、林忠四郎博士、大沢文夫博士、田中一博士をはじめとした日本の研究の開拓者たちに、基礎物理学のさまざまな分野をどのように切り拓いてきたのか、を語って頂き、それをめぐって活発な議論が行われた。仁科・湯川・朝永らから始まる日本の現代基礎物理学の系譜を振り返り、先人の意気高い精神に触れることができ、参加した中堅および若手研究者には大きな刺激となった。この記録は、別途作成してさらに多くの研究者に広めていきたいと考えている。
はじめにも触れたように、引き続き、2006、 7 年は、 湯川・朝永生誕百年の年である。日本委員会から提案の「2007年を湯川秀樹博士生誕百年記念年とする」件が、第33回ユネスコ総会において無事採択されたということである。京都大学でも、2006年度を湯川・朝永生誕百年度として各種記念行事を企画している。湯川・朝永企画展は、来年3月末の上野の国立科学博物館を皮切りに、筑波大、京大、阪大などを巡回する予定である。基研や京大物理学教室でも物理学の記念国際シンポジウムを2006年12月に開催すべく準備を進めている。このような取り組みが、冒頭に述べたような国民の基礎物理学への広範な支持や若い後継者の啓発に、少しでも役立つことを願う。
(2005年11月11日原稿受付)
図1 「学問の系譜」研究会で講演中の南部博士と聴衆(青木健一氏撮影)。