2005世界物理年によせて
明日に架ける橋--Jr.セッション--並 木 雅 俊 [ 2005世界物理年委員会委員 高千穂大 e-mail: ]
[日本物理学会誌 Vol.59 No.12(2004)掲載]
世界物理年の目的の一つは、物理学を学ぶ楽しさを伝えることである。これには、地道であっても持続的な活動が最も大切であろう。そして、これを維持していくためにも、社会に共感を得ていただくためにも、努力した人への顕彰は重要な役割を果たす。この世界物理年を機に、研究と教育、研究と社会との架け橋の基礎を固めておく必要があるのではなかろうか。対象を高校生とすると、この一端を担っている国際的な主な行事は二つある。一つは理論と実験の問題に挑戦する国際物理オリンピック(International Physics Olympiad, IPhO) で、 もう一つが国際的な物理論文のコンテスト「ノーベル賞への第一歩」(First Step to Nobel Prize, 以下 「第一歩」 と略) である。双方とも高校生等が競技者となっている。しかしながら、IPhOに参加するには参加国が組織を作り、参加の意志を表さなければならない。たとえ今、挑戦してみたいと考えている高校生がいたとしても、日本からの参加はできない。 一方、 「第一歩」は個人応募が基本なので、日本からはこれまで6篇の応募があり、 1篇が受賞(Papers Awarded), 2篇が褒賞(Honorable Mention)に選ばれている。
この「第一歩」の受賞者は、津村加奈さん(当時、東京都立小石川高校3年生)、 論題は 「日向に置かれた金属は何故そんなに熱くなるのか」である。動機は、金属は、特有な光沢があって光の反射率が大きいにもかかわらず、陽射しの強い日に置いておくと、触れることができないほど熱くなるのは何故か、から生じたという。そして、太陽光に垂直にあてたアルミ板の温度の時間変化を調べ、黒体放射と比較して論じた。 第12回大会(2003/04 年度)の受賞であり、日本人初であった。
「第一歩」 は、 1991年にポーランド科学アカデミーの物理学研究所が国内の生徒を対象に始められた大会であったが、翌年度から国際大会とし、現在では、30カ国近く(応募実績72カ国)から110名ほどの応募のある名実ともに国際物理論文コンテストへと成長した。
ポーランドは、第1回IPhOの開催国である。 「第一歩」と IPhO のどちらが、高校生に物理を学ぶことの楽しさを伝えることができるか、という問いが生じるかもしれないが、これは楽しい問いではない。IPhOは、与えられた問題を如何に時間内に上手く答えるか、という単なる試験ではないか。「第一歩」 は、 対象者が本当に自分の力で行い、まとめあげた論文なのか、などと窮屈な状況に陥ってしまうからである。IPhOの問題は、いずれも難問であるが、それを発展させ、いろいろな物理現象に適用が可能である。また、基礎的な物理の知識でこんなこともわかるんだという夢のある問題も多く、解けた時に達成感を味わうことができる。そのうえ、IPhOには国際的なレベルで物理を得意とする生徒の集いの場が提供されている。 「第一歩」は、 自ら問題を発見し、そこにどんな物理が関係しているかを探り、解き明かすための方法を考える楽しさを本質的にもっている。英文でまとめるということも含めて、研究者の行為に類似している。つまり、互いが長短を補い合っており、双方とも、高校生に物理を楽しんでもらうための重要な企画である。この二つを最初に行ったポーランドには先見の明があったといえる。
我が国には、国内大会すらない。二つ共である。本年9月7日、文科省において 「物理チャレンジ2005」1) のプレスリリースを行った際、記者の質問もここから始まった。IPhOはすでに35回も行われている、物理論文コンテストも国内にないので、海外へ、となってしまう。高校生による研究が評価・顕彰される場が、海外でしか得られないという状況に、記者は疑問をもったようだ。外から見れば、物理学会は物理離れに対して何の対策もしていないし、努力もしていない、と思われても仕方のないことなのかもしれない。
高校生が一気に国際舞台に挑戦するには敷居は高い。また、こちらも直ぐに国内版物理論文コンテストを実施するにはまだ調査不足である。そこで本会は、高校生(中学生も可)に対して研究発表の場を提供することにした。それが、「日本物理学会Jr.セッション」 である。2) 発表者 (団体あるいは個人)は、応募書類に「物理に関するレポート」を添えて申し込み、その中から選抜される。発表は、第60回年次大会(東京理科大学野田キャンパス)中の3月26日に行われる。3) 物理チャレンジ2005と相補って、教育への架け橋となってくれることを期待している。
Jr. セッションに、 多分野から、 また大勢の研究者の出席を希望したい。そして、ジュニアの発表にコメントを与え、励ましていただきたく思う。多くの会員のご協力をお願いしたい。
註
1)http://www.wyp2005.jp/
2)日本天文学会は、 天文学に関する学習や研究活動をより活性化させるために、 2000年の春季年会から「ジュニアセッション」を、年次開催している。理事長の松田卓也さんは、「ジュニアセッションが年会で最も出席者が多く、議論も最も活発です」と話してくれた。
3)(財)日本宇宙フォーラムの協力を得ている。詳細は、http://www.jsfws.info/butsuri2005-jrsession/を参考のこと。
(2004年10月5日原稿受付)