日 本 物 理 学 会

2005世界物理年によせて
「日本の物理学100年とこれから」連載開始にあたって

大 橋 隆 哉 [ 2005世界物理年委員会委員 都立大理  e-mail: ]
久 保 謙 一 [ 2005世界物理年委員会委員  e-mail: ]
[日本物理学会誌 Vol.60 No.1(2005)掲載]


「2005世界物理年」の取り組みの大きな目的の一つが、子供たちや若い層に物理学のもつ魅力を体験、実感してもらい、科学技術発展への物理学の役割を分かりやすく示すことにあります。

本学会では発足50周年を記念して、特集「50年をかえりみる」として、 34の研究領域・分野の研究のこれまでとこれからをまとめて会誌への連載を行い、それらは既に単行本として出版されています【過誤。単行本は出版されていません】。これは主に物理研究者および周辺の科学技術研究者に向けられたもので、本学会の記念すべき事業として今後に活用されていくものと期待されます。

一方、「2005世界物理年」にあたり、主な対象を物理研究者ではなく社会へ向けた企画として、今号から会誌の連載特集「日本の物理学100年とこれから」を始めます。これは、日本の物理学の永い営み、蓄積に足場を置きながら、大きな流れを俯瞰し、物理学の尽きない興味とその魅力を、社会に語りかけるものです。日本の物理サイエンスをこれから推し進めていく若い人たち、理科教育に当たる人たち、物理に関心を持つサイエンス・テクノロジー分野の人たち、一般市民が大いに関心を持ってくれる題材を、これまでの蓄積から選び、将来を語り、物理学の魅力と存在意義を、本会員と若い層、市民と共感共有する試みです。

20世紀はまさに物理学の世紀と言える時代でした。アインシュタインに代表される天才から、ほとんど誰にも知られることのない一介の研究者まで、実に多くの人々の汗と情熱によって幾多の発見がもたらされ、ミクロとマクロの極限である素粒子と宇宙、そして様々な形態の物質と取り組むことによって、人類は確実に自然界の根源に肉迫しました。それと並行する形で生み出された科学技術は、私たちの生活にも計り知れない恩恵をもたらしました。相対論、量子力学、物性物理、それらを基礎としたエネルギー、産業技術、コンピューター、通信手段等々のこの100年の発展は、人類の叡智の爆発とも言うべき驚異の連続でした。

激動の20世紀、アメリカ・ヨーロッパを中心とする世界の物理学を、日本ではいろいろな先駆者たちが取り入れ、戦争という厳しい時代を乗り越えて、世界の第一線に追いつき追い越すまでに成長しました。日本が世界的レベルへと成長する舞台裏にはどんな人々がいて、どういう思いで物理に情熱を傾けたのだろうか、また私たちの知らないどんな工夫や発想があったのだろうか。そうした流れをできる限り生き生きとした言葉で若い人々に伝え、日本の歩んできた道を振り返りながら、物理学というものが、如何に多くの夢とロマンにあふれた学問であるのかを、今一度確認したい、市民と共感したい、そんな思いでこの連載企画を始めることになりました。使われた実験装置や研究者の写真など、当時のことが分かる資料もできる限り含め、読みやすいものにしていただくことにしています。シリーズ終了後には、これらの記事を一冊の本にまとめて出版することにしており、そこでこの企画が完了し目的が達成されることになります。

詳細は少し変更されるかもしれませんが、現在予定している記事内容は以下のとおりです。

量子力学、素粒子の物理、原子核の物理、宇宙の物理I(観測)、 宇宙の物理II(理論)、 原子・分子の物理、 電磁物性の物理、 量子物性の物理 I、量子物性の物理 II、光量子・光学物性、極低温・量子凝縮系の物理、流体物理学、統計物理学。

この特集は研究者向けに物理学の全てを網羅するものではありません。今回はこれらの分野について100年のスパンの中から、日本の物理を展望してみようと、世界物理年委員会を中心に選び出したものです。さらに、各記事とも限られた紙面に収めていただかねばならず、あの先生のなされたあの重要な仕事に触れられていないではないか等々、皆様のお叱りを誘うことになろうかと思っています。しかし、生き生きとした話を伝えることと、網羅的であることを両立させるのは現実的に無理があり、企画した側としては会員の皆様の御理解を切にお願いするばかりです。

こうした予想される批判を覚悟の上で、しっかり勉強して書かねばという心労も背負いながら執筆を引き受けて下さった諸先生には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。自ら若い時代に物理に魅せられ、物理を糧として生きてこられた方々ばかりであり、物理から受けた感激をこの時代を生きる若い人たちにぜひ伝えたい、その思いを込めて筆をしたためて下さっています。

トップバッターは皆様もよくご存知の外村彰先生に、量子力学の歩みとともに、ご自身がそこに傾けた情熱の一端を書いていただきました。ともすれば抽象的で難しくなりがちな概念を、何とか多くの方に分かっていただくよう心を砕いていただきました。この古くてなお新しい不思議なテーマの世界に触れ、物理学の深遠さを皆様にご堪能いただければ、企画者としてこれほどの喜びはありません。

これから約1年をかけて、このシリーズ企画が続きます。会員の皆様に楽しんでいただくとともに、研究者ではない人たちに楽しんでもらえる内容になっているかどうか、ぜひ毎号お読みいただいて、率直な感想をお寄せいただければ幸いです。
(2004年10月19日原稿受付)