第22 回(2017年)論文賞授賞論文
本年度の日本物理学会第22回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年2月18日に開催された第607回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。表彰式は3月19日の午前、第72回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である池田市民文化会館(アゼリアホール)において行われました。
太田選考委員会委員長による選考経過報告 藤井会長より表彰状を授与される受賞者
論文題目 | Complete action for open superstring field theory |
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掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, 023B01 (2016) |
著者氏名 | Hiroshi Kunitomo and Yuji Okawa |
授賞理由 | 本論文は長年の問題であった、超対称性を持った開弦の場の理論に対する完全な作用をローレンツ共変な形で書き下すことに初めて成功した記念碑的論文である。 超弦理論は一般相対性理論と素粒子の統一理論を矛盾なく統合した究極の統一理論の候補と期待されているが、その非摂動的な定式化はまだ完全に満足できる形では与えられていない。「弦の場の理論」はその一つのアプローチとして期待され、実際、超対称性を持たないボソニック弦理論に関してはタキオン場が凝縮した古典解に関する解析などに威力を発揮してきた。しかし、現実の世界を記述すると考えられている超弦理論に対する「超弦の場の理論」に関しては、1980年代から今日に至るまで、多くの人々によって、様々な提案・分析がなされてきたが、特にフェルミオンを記述するRセクターと呼ばれる部分の取り扱いなどに困難があり、古典的な作用すらローレンツ共変な形では一部しか書き下されていなかった。 これに対して本論文では、それまでに知られていた超弦の場の運動項に相互作用項を摂動論的に組み込むことから出発し、最終的には閉じた美しい形の作用を完全に決定してしまった。摂動論的解析では、ゲージ不変性を壊さないように相互作用の形とゲージ変換の形を同時に決めていく複雑な解析が必要であり、得られた作用もかなり複雑な形をしている。驚くべきことに、著者らはそこから飛躍して摂動の無限次まで含む完全な作用とゲージ変換を閉じた形で書き下し、ゲージ不変性を証明してしまった。長年、弦の場の理論の研究に取り組んでこられた著者らだからこそなし得た偉業といえよう。 まだ発表から間もないが、今後、本論文に基づいた超弦の場の理論のさまざまな解析が行われ、多くの興味深い成果が得られるものと大いに期待される。本論文がそうした方向の研究を行うための出発点を与えた意義は大変大きく、日本物理学会論文賞にふさわしい優れた業績である。 |
論文題目 | The first evidence of a deeply bound state of Xi−-14N system |
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掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2015, 033D02 (2015) |
著者氏名 | K. Nakazawa, Y. Endo, S. Fukunaga, K. Hoshino, S. H. Hwang, K. Imai,H. Ito, K. Itonaga, T. Kanda, M. Kawasaki, J. H. Kim, S. Kinbara, H.Kobayashi, A. Mishina, S. Ogawa, H. Shibuya, T. Sugimura, M. K. Soe, H. Takahashi, T. Takahashi, K. T. Tint, K. Umehara, C. S. Yoon and J. Yoshida |
授賞理由 | 核力のようなバリオン間相互作用は、閉じ込められてカラー荷が白色となったクォーク多体系2つの間に働く強い相互作用であり、極めて複雑な性質をもつ。これをストレンジクォークを含むバリオン(Λ、Σ、≡などのハイペロン)も含めた相互作用に拡張して考えることで、その性質をクォークレベルから理解しようという研究が進んでいる。しかし、≡粒子(ストレンジクォーク2個をもつバリオン)と核子の間の相互作用については明確なデータがなく、引力か斥力かさえも確定していなかったため、その確定は長年の課題であった。 著者らの一部は以前KEKにおいて、エマルジョン(原子核乾板)にK-ビームを照射して生成した≡−をエマルジョン中の原子核に吸収させ、ストレンジネス-2をもつハイパー核を生成する実験を行った。当時は、別の検出器の情報からΞ−が入射したと予想されるエマルジョン中の位置の周辺のみを顕微鏡で探したが、のちに彼らは、この方法では見つけられない≡−吸収イベントが多数残っていることに気づいた。そこで著者らは、エマルジョン全体積の画像をデジタル化し自動的に画像解析する方法を開発して、エマルジョンの一部を再解析し、≡−がエマルジョン中の14N核に吸収され2つのΛハイパー核が生成するイベントを見つけた。解析により、このイベントの始状態は≡−が14N核に1.1~4.4 MeV束縛した状態と判明した。この束縛エネルギーは≡−が吸収される原子軌道よりずっと大きく、強い相互作用による≡・原子核束縛状態の存在を示している。よって、Ξ・核子間相互作用が引力であることが確定した。 本論文は、核物理の重要課題の一つであるバリオン間相互作用の研究において、画期的な成果を報告している。また、中性子星の内部では核子と引力を及ぼし合うハイペロンは自然に発生すると考えられるため、この成果は天体物理にもインパクトを与える。このように、本論文の意義は高く、日本物理学会論文賞にふさわしいものである。 |
論文題目 | Charge Ordering in α-(BEDT-TTF)2I3 by Synchrotron X-ray Diffraction |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 76, 113702 (2007) |
著者氏名 | Toru Kakiuchi, Yusuke Wakabayashi, Hiroshi Sawa, Toshihiro Takahashi, and Toshikazu Nakamura |
授賞理由 | 有機分子からなる分子化合物の中には、高い伝導性を示す物質群があり分子性導体と総称されており、電子相関に起因する特異な金属状態や超伝導、多彩な金属-絶縁体転移を示すことが実験的に明らかになってきている。その中で、α-(BEDT-TTF)2I3は、温度低下(転移温度135 K)によって金属-絶縁体転移を示す代表的な擬2次元分子性導体である。 著者らは、この物質に軌道放射光による精密なX線構造解析法を適用し、電荷秩序転移を解明している。本論文では、実空間における電荷配列を定量的に決定し、低温の絶縁体相が、理論的に予測されている水平ストライプ構造と呼ばれる電子相関に基づく特徴的な電荷秩序状態(電荷不均化構造)であることを実験的に初めて明らかにしている。さらに、単位砲内の分子での分子配列を精密に決めることで、単位胞内に存在する様々な分子軌道間の重なり積分の空間的なネットワークを決定し、電荷秩序相が非磁性状態をとることも示している。 本論文は、その発表後、この種の分子性導体の電荷秩序状態を放射光によって評価する研究のスタンダードになっている。また、本研究の成果は、非線形伝導をはじめとする分子性導体の電荷秩序状態に関係した電子物性研究の基盤となる知見を与えるものである。加えて、本論文の成果は、後に同じ物質で観測された電荷秩序絶縁体状態における電子型強誘電性の発現、光パルスによる電荷秩序の高速融解、電場パルスによる強誘電分極の高速制御等の新奇誘電性や光機能性に関する研究の進展に結びついている。 以上のように、本論文は理論的に予測されていた電荷秩序状態を実験的に解明し、新たな研究の進展の基盤になっており、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。 |
論文題目 | Observation of Magnetic Monopoles in Spin Ice |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 78, 103706 (2009) |
著者氏名 | Hiroaki Kadowaki, Naohiro Doi, Yuji Aoki, Yoshikazu Tabata, Taku J. Sato, Jeffrey W. Lynn, Kazuyuki Matsuhira, and Zenji Hiroi |
授賞理由 | スピンアイスは,ポーリングらによって見出された氷のもつ巨大な縮退状態の磁性体版ともいえるもので,90年代後半の発見以来数多くの実験・理論研究が行われ、現在ではフラストレート磁性研究における一大分野を形成するにいたった。 本論文は,スピンアイス系で予言されたエキゾチックな素励起磁気モノポールの観測により,この分野にインパクトを与えたものである。 筆者等は,理論的に予言された磁気モノポールを検証するため,純良な Dy2Ti2O7単結晶を作成し,[111]方向に弱磁場を印加したカゴメアイス状態で,低温比熱の精密測定と中性子散乱実験を行った。精緻な比熱測定は,基底状態からの対生成を示すアレニウス型の温度依存性を示し,そのゼロ磁場の励起エネルギー3.5Kは予想とよい一致を示した。さらに,臨界点近傍の適切な磁場と温度を選択した中性子散乱実験とモンテカルロシュミレーションの結果を比較することにより,散漫散乱として磁気モノポール散乱が観測されたことを見事に示した。 このように本論文は,精緻な実験とシュミレーション解析の有機的な組み合わせで,理論的に指摘されたカゴメアイス状態における磁気モノポールの存在をいち早く検証しただけでなく,低温における量子効果の重要性を示唆するなど,現在急激に進展している量子スピンアイスや量子スピン液体の実験・理論研究に大きな影響を与えたものであり,日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる |
論文題目 | Superconductivity in Novel BiS2-Based Layered Superconductor LaO1-xFxBiS2 |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 81, 114725 (2012) |
著者氏名 | Yoshikazu Mizuguchi, Satoshi Demura, Keita Deguchi, Yoshihiko Takano, Hiroshi Fujihisa, Yoshito Gotoh, Hiroki Izawa, and Osuke Miura |
授賞理由 | 本論文は、新超伝導体LaO1-xFxBiS2の発見を報じたものである。銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体は、いずれも伝導を担うCuO2層或はFeAs層とそれらの層間に位置するブロッキング層の積層構造となっている。ブロッキング層の種類によって様々な物質群が存在し、それらの超伝導転移温度は大きく異なることが知られている。新超伝導体の探索の方法としては、新ブロッキング層を開拓するのが常套手段であるが、著者らは、中心伝導層自体の探索という最も挑戦的な課題に挑み、成功した。銅や鉄に代わる第3の元素を見つけたことになる。この研究が発端となり、その後世界中で様々な物質群が発見され、BiS2系超伝導体の研究が盛んになったことを考えると、その功績は非常に大きいと言える。 本研究は、中心となるBiS2層とLaO層の積層構造にすること、OをFで置換してブロッキング層からキャリア供給することなど、明確な指針にそった物質開拓となっており、丁寧な構造解析や電気抵抗、磁化率の測定結果もすべて、合成された試料の質の高さを証明している。 本論文は、層状BiS2系超伝導体について最初に出版された論文であり、そのため引用回数も突出して多い。日本物理学会論文賞に相応しい業績と認められる。 |
日本物理学会第22回論文賞授賞論文選考経過報告
日本物理学会第22回論文賞選考委員会*
本選考委員会は2016年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに、28件26編の論文の推薦を受けた。推薦された論文の中に選考委員会委員を共著者とする論文が2編あったので、選考委員会規定に従ってそれぞれの当該委員は辞任し、追加委員が指名された。また、例年になく多くの推薦があった分野の委員を2名追加した。26編の論文については、原則として選考委員1名と外部委員1名の2名による閲読を依頼したが、選考委員に適任者が見当たらないものについては外部委員2名に閲読を依頼した。
2017年2月8日の選考委員会では全選考委員が出席し受賞候補論文の選考を進めた。それまでに提出されていた閲読結果に基づき、各論文の業績と物理学における貢献について詳細に検討した。その際、対象論文の発表された時期及び種別について、論文賞規定に記述されている原則についても検討がなされた。その結果、上記5編の論文が第22回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、同月の理事会で正式決定された。
*日本物理学会第22回論文賞選考委員会
委員長:太田隆夫
副委員長:国広悌二
幹事:川村光
委員:伊藤早苗, 太田仁, 梶田隆章, 勝本信吾, 岸本忠史, 杉本茂樹,須藤彰三, 田島節子, 田村裕和,
古崎昭, 細谷裕