日本物理学会創立50周年にあたって
日本物理学会1997年度会長 米沢富美子(慶應義塾大学理工学部教授)
今年は本会の創立50周年であるが、戦後と重なるこの半世紀は、物理学が多角的に進展した時期でもある。地理的にも文化面でも僻地の状況からスタートした日本の物理学者たちが、今日ある姿にまで到達し得た、その過程で本会が果たしてきた役割の大きさは計り知れないものがある。そこでは、多くの先達の熱意と苦労の数々が、基本的な原動力になってきた。いま、50周年という節目にあたって、歴史を正しく評価してそこから学び、現状を正確に把握し、実りある将来の方向を見定めることは、先輩の物理学者たちから本会を引き継いだ、現在の会員全員の務めである。
本会の目的は、「物理学とその応用に関して、(1) 会員の研究報告を内外に発表すること、(2) 会員が一様に得られる研究上の便宜を図ること」と定款に謳われている。これらの目的を達成するために、何人かの研究者のボランティアで活動が始まった。学会の活動が会員のボランティアで支えられている点は現在も変わらない。理事会、会誌およびジャーナルの編集委員会、刊行委員会、支部会、その他のいくつかの委員会のメンバーや、年会、分科会の担当大学の実行委員の方々の、並々ならぬご尽力を目にするにつけ、ほんとうに頭の下がる思いがする。
言うならば「ユーザー」の立場で、本会から提供される「便宜」の恩恵にひたすら浴していた時には、本会の運営の中枢にある人たちの、こういう献身的な働きは、十分には見えていなかった。
50周年を期に、次なる50年に向けて、また数年後に迫った新しい世紀に向けて、本会のありようを考えると、まず本会の目的そのものについては本質的な変更は必要ないと思われる。ただその目的を実現していく上での詳細は、時間とともに変遷するものであり、この部分には常に適切な対応が不可欠になる。
現在および近未来に検討が必要と思われる課題として、会員数の増加、学問としての物理学自体の変化、事務遂行・情報伝達のための手段の変化などに伴う諸問題を、差し当って挙げることができる。
本会が創立された当時と比較して明らかに変わったことのひとつは、会員数が二万人規模の大きな学会になったことである。会員数の増加それ自体は嬉しいことであるが、それに伴う問題に備えることも必要になる。会員数の増加の結果、事務が増えるのは当然の帰結だが、他にも例えば会員のニーズの多様化がすでに見られる。その際、「一様に得られる研究上の便宜」の定義がむつかしくなる。年会や分科会の参加者数も増加の傾向にあり、これは研究活動を高めるという観点からは歓迎すべきことであるとしても、実際のスムーズな運用が次第に苦しくなりつつある。学会の規模が大きくなると、一部の会員のボランティアによるサービスの提供という現在のシステムに限界がくるだろう。
二番目の問題は、学問の本質と結びついたものである。物理学に限らず、対象や方法論が時間とともに変わるのは、学問の進展が正しく運んでいる証拠だといえる。物理学の中の既成の分野が細分化したり、それらが再構成されたり、という過程は恒常的に進行している。また、物理学の中の分野間の境界領域や、物理学と他の学問(例えば化学、生物学、数学等々)との学問間の境界領域や学際的アプローチが新しい注目を浴びるのも、頻繁に見られる現象である。特に、現在から近い将来にかけて、そういう変転がかなり大幅に起こると考えられる。学問としての物理学のこのような変化に対処できる、柔軟な態勢をいろいろな意味で準備しておくことが必要になる。
三番目の問題は、コンピューターや電子メールなどの導入にかかわるものである。これは本会固有のものではなく、現在、社会のあらゆる場面で進行している情報革命にからむ典型的な問題といえる。年会や分科会の申込みを電子メールで行なうとか、オンライン・ジャーナルを開始するとか、いろいろな試みがなされている。そのために事務局の電子化も進められている。事務遂行・情報伝達に関するこのような変化は、最後的に行き着いた状態では、上述の第一、第二の問題の解決への一助となるものであるが、過渡期には、経済的、時間的、人的に、かえって負担増になる。この問題とのからみでも、先に述べた「一部の会員のボランティアによるサービスの提供」というシステムは、一段と厳しい状況に直面することになる。
物理学を含む科学全体が大きく転換しようとしているこの時期、本会に求められる役割はますます重くなるだろう。その際、一番大切なことは、本会の運営が「便宜を提供する側とそれを受ける側」という構図では決して成り立たないことを、会員の一人ひとりが認識し、本会の一層の発展のため主体的に参加することではないだろうか。