JPSJ 2010年4月号の注目論文
「分子性物質における電荷と格子が強く結合した誘電分極の量子揺らぎ」
様々な誘電現象は、電気分極によってもたらされる。物質中に原子あるいは分子のスケールで電気分極の種が存在すると、それらは互いに協力して自身の分極を成長させかつ方向を揃えようとする。これを阻害するものが熱揺らぎであるが、分極の秩序化を妨げるもう一つの機構として量子揺らぎが存在する。これは、物理量の量子力学的不確定性に起因する揺らぎなので冷やしても治まらない。最近、東京大学の岩瀬文達氏(現在岡山大学)、宮川和也氏、鹿野田一司氏、十倉好紀氏および産総研の堀内佐智雄氏の研究グループは分子性物質において電気分極の量子揺らぎを微視的に観測することに成功した。この研究成果は、日本物理学会発行の英文学術誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の2010年4月号に掲載される。
実験に用いられた物質は、電子供与性の分子DMTTFと電子受容性の分子QBrnCl4-n(n=0-4)が交互に積み重なって出来た分子性物質である。実験では、DMTTF-2,6-QBr2Cl2において格子振動を遥かにしのぐ分極の揺らぎが実験した最低温度の2Kまで観測された。これは、電気分極の種である双極子モーメントが生まれては消えまた生まれては消えと強く揺らいでおり、それが熱的なものでなく量子性を持つことを示している。
量子揺らぎが秩序を破壊する相転移は量子相転移として、その新奇な転移特性の解明を目指した研究が、特に強相関電子系の分野で活発に研究されている。本研究の結果は、誘電体の分野においても同様な研究を刺激するものであり、多くの研究者の注目を集めている。特に、本物質における分極の起源が電子の移動という自由度を伴うことから、今後、伝導性や磁性との融合分野へと研究が展開されるものと期待される。
論文掲載誌: J. Phys. Soc. Jpn., Vol.79, No.4, p. 043709
電子版:http://dx.doi.org/10.1143/JPSJ.79.043709 (4月12日公開)
<情報提供: 岩瀬文達(岡山大学)、鹿野田一司(東京大学)>
「観測されない状態の変化-URu2Si2の隠れた秩序の正体」
鉄系の高速度鋼(切削工具の材料)では、高温域での硬さを保つために鉄以外の遷移金属元素(たとえばタングステンW やモリブデン Moなど)を加えるが、そのとき析出する化合物の1つとしてη-カーバイドFe--3W3Cがある。η-カーバイドはやや複雑な結晶構造(立方晶で一般式 M3M’3Xをとる。この型の結晶中で、M原子は星型四面体といわれる極めて特徴的な配列をとるが、新たなタイプの幾何学的フラストレート系(磁気的な相互作用が競合し磁気秩序が起こりにくい系)であることが次第に明らかになりつつある。しかし、今までは、η-カーバイド型化合物が、磁性研究の対象となることはなかった。
最近、京都大学大学院工学研究科材料工学専攻のメンバーを中心とする研究グループは、η-カーバイド型構造を持つ化合物群が金属磁性研究の対象として有望であることに気づき、その最初のターゲットとして窒化物Fe3Mo3N の低温域の電子物性を詳細に調べた。その結果、この物質は最低温度まで磁気的長距離秩序を示さないものの、金属強磁性発現寸前の(量子臨界点近傍の)特異な金属であることを初めて明らかにした。この成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の 2010年4月号に掲載される。
金属中の電子はクーロン相互作用があるにもかかわらず、定性的には自由な電子のようにふるまう(フェルミ液体)。電気抵抗率 r の温度依存性はr = r0 + AT2(r0 と A は定数)、比熱 C の温度依存性はC/T = g + b T2(g と b は定数)であり、このような温度依存性が実際に多くの金属で観測されている。しかし、ある種の金属ではこれから逸脱した現象が観測され、非フェルミ液体と呼ばれる。本研究で調べられた、星型四面体格子を構成する鉄のd電子が金属的振舞いをするFe3Mo3Nでは、幸運にも、常圧下の純良試料において、電気抵抗率の r = r0 + AT5/3や比熱のC/T =a ?b logT(A, aとbは定数)といった非フェルミ液体的な温度依存性が観測された。これらの温度依存性は、3次元の金属強磁性量子臨界点に対する理論的予言と一致している。数多く存在する同型構造の物質の物性は未だ明らかではなく、今後の研究の展開が期待される。
論文掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 79 (2010) No.4, p.043701
電子版:http://dx.doi.org/10.1143/JPSJ.79.043701 (3月25日公開)
<情報提供: 和氣剛、中村裕之(京都大学)>