JPSJ 2010年6月号の注目論文
「再現から理解へ-複雑な砂丘運動の縮約模型」
砂漠地帯では,大小の美しい砂の丘が形作られている。砂丘の形は多彩であるが、注意深く観察すると、地球のあちこちの砂漠で共通のパターンを見いだすことができる。三日月や、星、半球型などの形である。最近の研究では、地球の砂丘と同様な形状--とくにバルハンと呼ばれる三日月型の形状--の巨大な丘が、火星などの他の惑星表面にも存在することが知られており、また,砂漠だけでなく,雪原上や海底深くにも類似の形状が見いだされている。著者たちは、簡単な方程式で、風の強さや砂の量などを考慮すれば、このような多様な形が、再現できることを示した。従来はこのような現象は物理学の対象とはなりにくいと考えられていたので、この研究は注目に値する。
「孔構造の有るリボソーム(人工膜小胞)」
生体の細胞は二重の分子の層でおおわれているが、最近ではこのような構造(リポソーム)を人工的に作ることが出来て、医薬品や化粧品等に応用されている。しかし、細胞の分子の層には、内外を結ぶ多数の孔が貫通しているが、人工のものではせいぜい数個の孔が貫通しているだけである。この研究では、人工の分子層で多数の貫通孔をもつものが作れることを発見した。貫通孔は細胞の機能にとって重要な役割を果たしていると考えられているので、貫通孔の多いリポソームを作ることは、リポソームに多様な機能をもたせることが出来る可能性につながるものとして注目される。
「電子型強誘電体とダイマー・モット絶縁体」
強誘電体とは電場をかけなくてもマクロな電気分極が出現し、その方向を電場により変化させることのできる物質である。コンデンサ、強誘電体メモリー(FeRAM)、赤外線センサーなど産業的に広く応用されている。最近、「電子型強誘電体」もしくは「電荷秩序型強誘電体」と呼ばれる新しい強誘電体が発見された。これらの物質では、電子の空間的な配列が電気分極の起源となる。電子が電気分極を直接担っていることから、光による高速の分極反転や高密度集積回路の可能性が期待できる。また電子は電荷とともにスピンの自由度をもつため、磁場による電気分極の制御などが期待されている。この研究では、このような誘電体が2次元有機化合物で実現している可能性が高いことを理論計算により示した。新しい誘電体のタイプとして、注目されている。
「ハイドロゲルの摩擦を電場でコントロールする」
ハイドロゲルは,ネットワーク状の高分子の間に水を大量に含む物質であり,食品,紙おむつ,コンタクトレンズなど,身の回りにあふれている。ハイドロゲルのなかには,高分子の負の電荷と負に帯電した基板との斥力によって摩擦係数が千分の一以下の超低摩擦状態を実現するものもあり,人工関節などへの応用が期待されている.この研究では、摩擦面に垂直に電場をかけることにより、摩擦の大きさを変えられることを示した。また、電荷を持たないハイドロゲルの場合でも、界面活性剤を加えて電荷を持たせることにより、摩擦の大きさを電場で変えられることがわかった。これまでも電場で摩擦力を変える実験はあったが、そのメカニズムは解明されていなかった。この研究は、一般の機械での潤滑や,細胞など生態物質の電荷の違いによる流動下での分別など,幅広い分野への応用へとつながると期待できる。