JPSJ 2010年9月号の注目論文
「格子欠陥による電子の共鳴散乱-ディラック電子の不思議な性質」
炭素の結晶にはダイアモンドがあるが、常温・常圧で安定な のは層状物質であるグラファイトである。このグラファイトから1層だけ取り出したのがグラフェンである。グラフェン上では電子が静止質量零の相対論的なディラック方程式に従うことが知られている。これまでは、興味深い性質を示すとの期待とグラファイトの物性との関係から,理論面での研究が先行してきたが、2004年,英国マンチェスター大学のGeimらが,トランジスターを作ることに成功した。実用化には電気抵抗の小さいグラフェンが必要であるが、そのためには、電子が何によってどのように散乱されるかを知ることが重要である。この論文では、格子欠陥のような強いポテンシャルを持ち格子点に局在した不純物による電子散乱の理論的研究を行い,複数の不純物の分布により,強い共鳴散乱が起こり,グラフェンの電気伝導に大きな効果を与えることを理論的に示した。
「パイロクロア格子をもつ新しい遍歴電子磁性体」
金属において電気伝導を担う伝導電子は、真空中の電子とは異なる質量(有効質量)をもっているかのように振る舞う。ある種の希土類金属を含む化合物においては有効質量が真空中の電子の百倍から千倍もの値となる。このような「重い電子」状態は、高温では動き回らず磁性を担うf電子が低温で伝導電子と近藤効果を通して混じりあうことにより発現すると考えられる。一方、f電子をもたない(Y,Sc)Mn2やLiV2O4においても、類似の重い電子状態が現れることが知られている。これらの物質では、伝導電子を供給する原子がパイロクロア格子(正四面体が繋がった格子)上にある。この格子上では、幾何学的フラストレーションと呼ばれる機構によって通常の磁気秩序の形成が著しく阻害され、これが電子の有効質量を増大させている可能性があると考えられている。このような物質は種類が少ないのが難点であったが、この研究では、LiV2O4という新しいパイロクロア格子を持つ物質を合成し、やはり有効質量が非常に大きい可能性を示した。これに類似の物質は多数知られているので、一層の研究の発展が期待できる。