第16 回論文賞受賞論文
本年度の「日本物理学会第16 回論文賞」は論文賞選考委員会の推薦に基づき、2 月5 日に開催された第530 回理事会において次の5 編の論文に対して与えられました。
論文題目 | A Possible Ground State and Its Electronic Structure of a Mother Material (LaOFeAs) of New Superconductors |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn., Vol. 77 No. 5 053709 (2008) |
著者氏名 | Shoji ISHIBASHI(石橋章司) Kiyoyuki TERAKURA(寺倉清之) Hideo HOSONO(細野秀雄) |
授賞理由 | この論文は2008 年初頭より発見された一連の鉄系超伝導体群の皮切りとなったLaFeAsO の電子構造を第一原理計算、局所密度近似(LDA)で計算し、2008 年半ばにいち早く報告したものである。鉄系超伝導体は超伝導転移の最高温度が56K におよぶ、比較的高温の超伝導体であり、現時点までで転移温度は銅酸化物に次ぐものとなっている。この超伝導の機構を明らかにすることが今後の高転移温度の超伝導研究にとって重要であることは論を待たないが、そのためにも電子構造の第一原理的な理解は大切である。とりわけ、鉄系超伝導体には、超伝導相の近傍に磁気秩序相が隣接ないし共存していることがその後の研究も含めて明らかになっており、磁性を含む電子構造の解明は超伝導研究にも大きく寄与する。この物質のバンド構造はまずSingh らが報告し、基本的バンド構造を明らかにした。本論文で求められたバンド構造もそれと基本的様相では一致し、その後の研究で立証されている通り基本的に正しいことが確立している。本論文の意義は、超伝導体の母物質であるLaFeAsO がストライプ型と呼ばれる磁気構造を持つ反強磁性体となることを、他グループによるもう一つの論文とほぼ同時期に独立にスピン局所密度近似(LSDA)で予言したことである。この論文ともう一つの独立な論文で予測されたストライプ型の磁気構造が正しいことは、その後の中性子散乱実験の結果によって明らかになった。LSDA による基本的に正しいストライプ型磁気秩序の予言は、この物質が銅酸化物と異な る物理が支配する物質であることを端的に示した。一方LSDA が予測する磁気モーメントは中性子散乱実験で得られたモーメントに比べて顕著に大きな値を与えることも、その後明らかになったが、これは本論文の価値を損なうものではない。むしろこの謎を大きくクローズアップさせ、小さな磁気モーメントを解明することが鉄系超伝導体の顕著な物性を理解する上で重要な意義を持つことを明らかにし、その後の電子相関効果を含む物理の解明へのきっかけを与えたものとして評価される。以上、総合的に判断して、鉄系超伝導体の磁気構造の解明とその後の研究の拡がりに対する貢献において、この論文は論文賞を受けるに相応しいと認められる。 |
論文題目 | Strong Optical Nonlinearity and its Ultrafast Response Associated with Electron Ferroelectricity in an Organic Conductor |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn., Vol. 77 No.7 074709 (2008) |
著者氏名 | Kaoru YAMAMOTO(山本 薫) Shinichiro IWAI(岩井 伸一郎) Sergiy BOYKO(セルゲイ・ボイコ) Akimitsu KASHIWAZAKI(柏崎暁光) Fukiko HIRAMATSU(平松扶季子) Chie OKABE(岡部智絵) Nobuyuki NISHI(西信之) Kyuya YAKUSHI(薬師久弥) |
授賞理由 | 有機伝導体は、磁性、超伝導性などの魅力ある物性を示し、多くの研究が進められている。代表的な有機伝導体である(ET)2I3 [ET: bis(ethylenedithio)- tetrathia fulvalene]においても、金属・絶縁体転移、永続性光電流、圧力下での超伝導などの興味深い現象が見出されている。またその低温相においては、電荷秩序による分子二量体構造を取ることが知られ、電荷秩序の機構は電子間反発の効果であることが提唱されていた。さらに電荷秩序状態では分極が生じ、強誘電性を示すことが予想されていた。本論文においては、非線形光学効果(第二高調波発生)の実験により、(ET)213の低温絶縁体相では強誘電性が発現し、発現機構は従来からの陽イオンと陰イオンの間の電気的双極子の形成によるものではなく、電子的効果が主体となったものであることを明らかにした。従来からの予想に対する確かな実験的証拠を与えたものである。反転対称性の破れている系に光を照射すると、第二高調波が発生する( Second-Harmonic Generation: SHG)。本論文においては、(ET)2I3のSHG シグナルの温度依存性を測定し、金属・絶縁体転移温度である135K 以下で、SHG シグナルが劇的に増加することを見出した。これは低温層では反転対称性が破れていることを示しており、強誘電体性が発現していることの証左である。さらに、超短パルスレーザーの照射によって強誘電体相を一旦融解させ、その後SHG シグナルを測定し、10 ピ コ秒スケールで強誘電体相が回復することを観測した。この高速緩和は、強誘電体性が電子相互作用に起因するものであることを強く示唆している。以上のように、本論文は精密な非線形光学実験により有機伝導体における強誘電性発現とその高速ダイナミクスを明らかにしたものであり、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。 |
論文題目 | Screening Effect and Impurity Scattering in Monolayer Graphene |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn., Vol. 75 No.7 074716 (2006) |
著者氏名 | Tsuneya ANDO (安藤恒也) |
授賞理由 | フラーレン、炭素ナノチューブ、グラフェンなど炭素原子からなる集合体は、様々なモルフォロジーと 電子物性を示し、多くの科学的・工学的研究が盛んに行われている。とくにグラフェン(グラファイト一層)は2004 年に初めて実験的に合成され、電子が質量0 のディラック方程式に従うことも注目を集め、その後、様々な実験的、理論的な研究が盛んである。本論文の著者は、Si-MOS 反転層での二次元電子ガス系の先駆的理論研究以来、当該分野の理論研究を牽引しており、第一人者として内外で認められている。本論文においては、不純物散乱によるグラフェンの電気伝導度が系統的に計算されている。とくに、線形エネルギー分散を有するディラック電子によるスクリーニング効果の特異性が明らかにされ、グラフェンの電気伝導を考える際の重要な科学的知見が得られている。これは応用上の観点からは、グラ フェンのデバイス応用の基礎を形作る重要な成果である。具体的には、乱雑位相近似による静的誘電関数の計算と、それを用いたボルツマン輸送方程式による伝導度計算が実行され、電子密度の増加に比例して伝導度が増加することと、移動度はフェルミエネルギーに依存しないことが明らかにされ、最近の実験結果を説明するのに成功している。さらに通常の二次元電子系とは大きく異なり、スクリーニング効果は温度に比例して増加し、その結果、移動度は温度の平方根に比例して増加することが解明された。これらの結果は、グラフェンにおいては後方散乱確率が消えているということに起因していることが説明されている。得られた成果は極めて明晰に記述され、内容の深い論文となっている。以上のように、本論文はグラフェンでの輸送現象解明に大きく貢献する重要な業績であり、日本物理学会論文賞にふさわしいと判断される。 |
論文題目 | Baryons from Instantons in Holographic QCD |
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掲載誌 | Prog. Theor. Phys., Vol.117 No.6 PP1157-1180, (2007) |
著者氏名 | Hiroyuki HATA(畑 浩之) Tadakatsu SAKAI(酒井忠勝) Shigeki SUGIMOTO(杉本茂樹) Sinichiro YAMATO (山戸慎一郎) |
授賞理由 | 超弦理論の研究から発見されたゲージ重力対応は、近年様々な物理系に応用され大きな理論的展開を見せている。これは、強結合ゲージ理論のゲージ群が大きい極限を仮想的な高次元理論と結び付ける対応であり、ゲージ理論に対する新たな見方や計算法を与えている点で重要である。本論文は、ゲージ重力対応を量子色力学に応用し、パリオンのスペクトルを強結合で計算した論文である。著者の内の二人は、本論文に先立って超弦理論のD ブレーン模型に基づく量子色力学の有効理論(酒井・杉本模型)を提案し、そのカイラル対称性の破れなどの面が現実のハドロンの描像と一致することを明らかにし、大きな注目を集めた。本論文では、この理論がスキルミオン模型と解釈できることに着目し、高次元インスタントンの量子化の解析を行うことにより核子の励起状態のスペクトルを計算し、得られた結果が定性的には現実のバリオンのスペクトルと一致していることを示した。この研究は、本論文以降のホログラフィックQDC のバリオンの解析の端緒となった。量子色力学の質量生成機構の解明は、強結合ゲージ理論の基本的な問題である。著者らが定性的でもバリオンのスペクトルを解析的な方法で導出することに成功したことは、ハドロン物理学の基礎的な部分の解明に寄与したと言ってよい。以上のように、本論文は高いオリジナリティーを持ち、その後の関連する研究への大きなインパクトを与えており、日本物理学会論文賞にふさわしいと認められる。 |
論文題目 | Three Conductor Transmission Line Theory and Origin of Electromagnetic Radiation and Noise |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn., Vol. 78 No. 9, 094201 (2009) |
著者氏名 | Hiroshi TOKI(土岐博) Kenji SATO(佐藤健次) |
授賞理由 | 加速器の高性能化や大型化に伴い、電源から電磁石などの負荷に到るまでの全電力システムにおいて如何にノイズを制御するかという問題は極めて重要な課題となっている。また、現代社会を支える電気回路技術においてもノイズの制御は極めて広範な課題である。本論文では、多導体伝送線路の新しい回路理論を構築し、電磁ノイズの起源を解明した。さらに、ノイズを抑制する回路方式、及 び外部からのノイズの影響を受けない回路方式を提唱した。著者らは、多導体伝送線路に対してマクスウェル方程式を満たす形で伝送線路の回路方程式を導出することに成功した。特に三導体伝送線路に関して、伝搬する電気信号はノーマルモードとコモンモードの2 つのモードからなり、導体線路間の誘導起電力によってこれらのモードが動的に結合することを示した。電磁ノイズも同様に2つのモードからなり、この動的結合こそがノイズの起源であることを明らかにした。このことから伝送線路として対称3 線方式を提案し、3 番目の線に対して電源から負荷に到るまですべての回路素子の配置を対称化することによって電磁ノイズを抑制できることを示したのである。重粒子線加速器HIMAC において、佐藤らは電源回路系の配線の対称化を行い、極めて良好なノイズ特性を得ている。さらにJ-PARC 加速器の主リング電磁石におけるノイズ対策にも著者らの対称3線方式が導入され、大幅なノイズ抑制に成功している。対称3 線方式は加速器など大電力伝送系のみならず、社会基盤技術である電気回路技術への幅広い適用が期待される。同理論の広範な適用も期待できよう。本論文は、その重要性と波及効果から考えて、物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。 |
日本物理学会第16 回論文賞受賞論文選考経過報告
日本物理学会 論文賞選考委員会*
選考委員会は2010 年12 月初旬に発足,同時に第16 回論文賞には19 件、18 論文の推薦があった旨物理学会事務局より報告があった。
委員長・副委員長が合議の上、各推薦論文には査読担当委員および外部レフェリー各1 名に閲読をお願いすることとした。
外部レフェリーの査読結果は1 月26 日開催の選考委員会までに文書により提出された。
選考委員会(欠席1 名)においては、各担当委員より各論文の説明とそれに対する評価が、外部レフェリーの閲読結果も交えて紹介された。
その後選考委員により様々な観点から意見交換がなされた。
審議の過程では、分野間や掲載誌間のバランスは考慮せず、各々の論文の独自性やインパクトなどを評価するようにし、選考委員会出席の委員全員が「優れている」と判断した論文が選ばれた。
以上の経過を経て上記5 編の論文が日本物理学会論文賞にふさわしいものとして決定された。
*日本物理学会第16 回論文賞選考委員会
委員長:早野龍五
副委員長:前野悦輝
委 員:今田正俊、太田隆夫、岡田安弘、押山 淳、木下修一、三明康郎、吉澤英樹(50 音順)