論文賞

第17 回論文賞受賞論文

本年度の日本物理学会第17回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年2月9日に開催された第542回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。

論文題目 Ferroelectricity Induced by Proper-Screw Type Magnetic Order
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn., Vol. 76, 073702 (2007)
著者氏名 Taka-hisa Arima(有馬孝尚)
授賞理由 一般に誘電性と磁性はお互い独立な現象だと思われているが、最近のマルチフェロイクスと呼ばれる物質においては両者はお互いに深く関係し、磁気秩序に伴って強誘電が誘起される等のことが知られている。マルチフェロイクスの原因としてはいくつかの異なるメカニズムがあると考えられているが、らせん磁気秩序起因の強誘電についてはKatsura等の理論によってほとんど説明がつくと考えられていた。しかしその後、この理論では説明できない多くの物質があることが判明した。たとえばProper-Screw構造のもとで生じるCuFeO2における磁場誘起の強誘電性は、上記の理論では全く説明できない。この問題に対して明確に答えを提示したのが本論文である。この論文ではp-d混成機構にスピン軌道相互作用を考慮し、対称性の低い結晶構造を持つ物質ではProper-Screw構造においても強誘電と成りえることを明示した。その結果、CuFeO2の実験事実を見事に説明することに成功した。しかしこれだけに留まらず、この論文で提唱されたメカニズムは十分な一般性を持つものであり、広く他の物質にも適用可能である。このため本論文は、その後の物質開拓や電気磁気結合現象の理解にも多大の貢献をした。
論文題目 Rattling-Induced Superconductivity in the β-Pyrochlore Oxides AOs2O6
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn., 78, 064702 (2009).
著者氏名 Yohei Nagao(長尾洋平)
Jun-ichi Yamaura(山浦淳一)
Hiroki Ogusu(小楠寛貴)
Yoshihiko Okamoto(岡本佳比古)
Zenji Hiroi(広井善二)
授賞理由 本論文はβパイロクロア型オスミウム酸化物AOs2O6(AはアルカリイオンCs,Rb,K)を発見したグループが、高品質の単結晶を作製しその超伝導状態と常伝導状態における系統的な物性測定の結果を報告したものである。このグループは本論文以前にも主としてJ. Phys. Soc. Jpn. に発表された一連の論文において、これらの物質は籠状構造を持ち、籠内部でのアルカリイオンの低エネルギー非調和振動(ラットリング)が様々な物性に影響を与えていることを報告している。さらにこれらの物質は超伝導転移を示すという点で、非常にユニークで興味ある物質群であることも示されている。本論文において著者らは特に比熱の詳細な解析からこの物質群で起こる超伝導が従来型のものよりも強い対形成機構を持つことを示し、さらにその原因が非調和フォノンと関係している可能性を提唱した。これはこれまでにない新しい超伝導発現機構の提案という点で高いインパクトを持つと考えられる。物性物理学の進歩にとって新しい物質の発見と、その純良単結晶を用いた物性測定が必要不可欠であることはいうまでもなく、それを成し遂げた本研究グループの論文は高く評価され物理学会論文賞に値する。
論文題目 Theoretical Foundation of the Nuclear Force in QCD and its applications to Central and Tensor Forces in Quenched Lattice QCD Simulations
掲載誌 Prog. Theor. Phys. 123 (2010), 89-128
著者氏名 Sinya Aoki(青木慎也)
Tetsuo Hatsuda(初田哲男)
Noriyoshi Ishii(石井理修)
授賞理由 核力あるいはより広くハイペロンを含む重粒子間の相互作用の構造を明らかにすることは、通常の原子核だけでなく中性子星コアの物質組成や元素の起源を理解する上でも重要である。特に、短距離の斥力コアの起源あるいは多体系で重要になる3体力(一般に多体力)の定量的評価、またハイペロンを含む場合のそれらの評価に対しては理論的研究は必須的に重要である。
著者たち(HAL collaboration)は格子QCD(量子色力学)計算により得られる核子-核子のベーテ-サルピータ(B-S)振幅の内部の振る舞いから逆問題として非局所的ポテンシャルを導き、さらに微分展開することにより局所ポテンシャルとして核力を導くことに成功した。その一部の成果はレター論文として発表されている [N.Ishii, S.Aoki, T.Hatsuda, Phys. Rev. Lett. 99(2007)022001]。
本論文は、この複合粒子間の相互作用ポテンシャルを導く新しい手法の詳細な理論的な基礎づけを与えるとともに、得られたポテンシャルの空間依存性とクォーク質量依存性についての詳細な数値結果を提供している。特に、この方法ではこれまでの散乱長を求める方法では不可避であるクォーク質量依存性の特異な振る舞いが避けられるという方法の優位性が明らかにされている。また、斥力コアおよびテンソル力の強さがともにクォーク質量の減少とともに増大することを注意している。これらはそれぞれ、パウリ原理とカラー磁気相互作用およびパイ中間子交換力が与える振る舞いと整合的であることはたいへん興味深い。その後HAL collaborationにより、この手法はハイペロンを含む重粒子間相互作用や3核子力の問題へ適用可能であることが具体的に示され、興味深い結果が得られつつあることを付記する。
このように本論文は、量子色力学という場の理論から重粒子間の相互作用を導き出す全く新しい有効な手法を開発した画期的論文として物理学会の論文賞に値すると判断できる。
論文題目 Causal Relationship between Zonal Flow and Turbulence in a Toroidal Plasma
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn., Vol.76, No.3, 033501, 2007
著者氏名 Akihide Fujisawa(藤澤彰英)
Akihiro Shimizu(清水昭博)
Haruhisa Nakano(中野治久)
Shinsuke Ohshima(大島慎介)
Kimitaka Itoh(伊藤公孝)
Yoshihiko Nagashima(永島芳彦)
Sanae-I. Itoh(伊藤早苗)
Harukazu Iguchi(井口春和)
Yasuo Yoshimura(吉村泰夫)
Takashi Minami(南貴司)
Keiichi Nagaoka(永岡賢一)
Chihiro Takahashi(高橋千尋)
Mamoru Kojima(小嶋護)
Shin Nishimura(西村伸)
Mitsutaka Isobe(磯部光孝)
Chihiro Suzuki(鈴木千尋)
Tsuyoshi Akiyama(秋山毅)
Takeshi Ido(井戸毅)
Keisuke Matsuoka(松岡啓介)
Shoichi Okamura(岡村昇一)
Patrick H. Diamond
授賞理由 本論文は、トロイダル磁場に閉じ込められた非平衡プラズマのミクロな乱流揺動とメゾスケールな自発電場構造(帯状流)の因果関係の検証を報告している。ミクロな乱流は、乱流輸送を誘起させると同時に、帯状流と呼ばれる(ドーナツ面上で一様で半径方向に変動する)電場と流れの構造も生み出す事が理論的に予測されていた。藤澤氏達は世界で初めてトーラスプラズマの帯状流観測に成功した。本論文に於いて、その帯状流が乱流から生成され乱流輸送を抑制する事を初めて実証した。本研究成果は、温度のようなスカラー量の不均一が生むプラズマ乱流がマクロ・メゾスケールの軸性ベクトル場(磁場や渦場)を作り出す過程の典型例について、本質的な機構を実証したものであり、物理学として高い価値をもつ。核融合燃焼プラズマの実現や自然界の乱流構造の理解に大きな波及効果を生みだした。本論文は、乱流と乱流がつくる帯状流の結合を実証しプラズマ乱流物理研究の新時代を切り開いた重要な論文である。
論文題目 A Periodic Structure in a Mixture of D2O/3-Methylpyridine/NaBPh4induced by Solvation Effect
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn., Vol. 76, No. 11, 113602 (2007).
著者氏名 Koichiro Sadakane(貞包浩一朗)
Hideki Seto(瀬戸秀紀)
Hitoshi Endo(遠藤仁)
Mitsuhiro Shibayama(柴山充弘)
授賞理由 著者らは、水と3メチルピリジンの混合系に塩を加えた系は室温で均一な相を形成するが、この系の温度を変えると透明だった溶液の色が、青、緑、黄色、赤と変化してゆくことを見出した。著者らは、その理由として、溶液の中に周期構造が現れ、その周期が温度と共に変化するためであろうと考えた。本論文において、著者らはこの予想を確かめるために、中性子小角散乱実験を行い、周期構造の存在とその温度変化を証明した。
  相分離する溶液に塩を加えると、イオンと各相の親和性が違うため、相の間にクーロン相互作用が表れ、散乱強度にピークが表れることは小貫らが理論的に予想していたが、その検証は無かった。著者らは、たまたま見つけた現象が、この理論で説明できるのではないかと考え、中性子散乱によりその予想を確かめた。イオンが液体の中で10nmから数100nmの長周期構造を作るという事実は、驚きであり、重要な物理的発見である。著者らの仕事はその後、海外の雑誌にも発表され、ソフトマター物理、統計物理の分野に大きなインパクトを与えたが、その最初の報告が本論文である。

日本物理学会第17回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会 論文賞選考委員会*

本選考委員会は2011年10月に発足した。11月下旬に推薦を締め切り,17件15編の推薦があった。委員長と副委員長が合議の上,各論文2名(原則として委員1名と外部閲読者1名)による閲読を行うこととした。すべての論文について閲読報告が1月下旬に届けられた。
1月下旬に選考委員会を開催し,各論文の担当委員より論文の内容の説明と閲読結果が報告された。そして各論文について多彩な観点から率直な意見交換を行った。審査に当たっては各論文の独自性,重要性,インパクトなどの観点から主に議論したが,分野間のバランスも一定の水準考慮し,最終的には委員全員が優れている合意できる論文を選定した。
以上の経過を経て5編の論文が今回の日本物理学会論文賞にふさわしいとして決定された。


*日本物理学会第17回論文賞選考委員会

委員長:西森秀稔
副委員長:岡田安弘
委 員:家 泰弘、小形正男、国広悌二、小玉英雄、武田 廣、土井正男、平山祥郎、松田祐司(50 音順)