第19 回(2014年)論文賞授賞論文
本年度の日本物理学会第19回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年2月8日に開催された第568回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。表彰式は3月29日の午前、第69回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である東海大学湘南キャンパス2号館大ホールにおいて行われました。
斎藤選考委員会委員長による選考経過報告 斯波会長より表彰状を授与される授賞者
論文題目 | Superconductivity at 54 K in F-Free NdFeAsO1-y |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 063707 |
著者氏名 | Hijiri Kito, Hiroshi Eisaki, and Akira Iyo |
授賞理由 | 本論文は2008年の東工大・細野グループによる鉄ヒ素系超伝導発見後の研究初期の段階で,それまでのフッ素置換とは異なる手法により電子ドープを実現した研究である.鉄ヒ素系超伝導体の多くは,その母物質が反強磁性体であり,鉄ヒ素層内へのキャリアードープは超伝導を発現させる有用な手段の一つである.本論文の著者らは銅酸化物高温超伝導における経験を基に,高圧合成法を用いて酸素欠陥導入により電子ドープを行い,NdFeAsO1-yにおいて超伝導転移温度54Kを実現した.この方法は合成過程の簡略化につながり,その後の鉄系超伝導の研究に多大な貢献があった.実際,この合成方法により構成元素の希土類を変えた様々な物質が合成され,特に,李らによって超伝導転移温度と鉄・ヒ素・鉄の結合角が相関していることが示されたことは,鉄系超伝導研究に大きなインパクトを与えた. また近年,水素置換による電子ドープ法によって,広い電子濃度領域にわたって高い超伝導転移温度が維持されることが細野グループにより示されて注目を集めているが,この観点から改めて本論文を見たとき,本論文で示されている酸素欠損域における高い転移温度の意味するところを改めて考える必要があるかもしれない.このように最新の観点からみても,本論文の内容は示唆に富んでおり,その価値は色褪せていない.日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる. |
論文題目 | Generalized G-Inflation --Inflation with the Most General Second-Order Field Equations-- |
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掲載誌 | Prog. Theor. Phys. (2011) 126 (3): 511-529 |
著者氏名 | Tsutomu Kobayashi, Masahide Yamaguchi and Jun'ichi Yokoyama |
授賞理由 | 本論文は,アインシュタイン重力に1成分スカラ場が結合した系を記述する最も一般的な理論(一般化されたGalileon理論)に基づくインフレーション模型を組織的に解析し,CMB観測を含む宇宙構造観測に基づいてインフレーション模型を絞り込む上での足場となる統一的な枠組みを構築した論文である. 近年,高精度CMB観測実験の進展により,熱いビッグバン宇宙以前の宇宙初期にインフレーションと呼ばれる加速膨張の時期が存在したことはほぼ確実になり,その詳細や背後にある理論・機構を確定することが中心的な課題となっているが,統一理論に基づいて第1原理的にこの課題を解決する道はまだ開かれていない.このような状況の下,本論文は,運動方程式が2階微分方程式となる最も一般的な1成分スカラ場理論について,インフレーションが実現される条件と模型の安定性を明らかにすると共に,生成されるゆらぎに対する一般公式を導き,観測に基づいてインフレーション模型を絞り込む上での統一的枠組みを構築した.これにより,ポテンシャル駆動型インフレーション,運動項駆動型インフレーション,非共形結合模型などこれまで個別に研究されていたインフレーション模型の予言を連続的モデル空間の中で位置づけると共に,観測と整合的なこれらまで知られていなかった模型が数多く存在すること,これらの模型は原始重力波の振幅やスペクトルについて標準的な模型と有意に異なる予言をすることなどを明らかにした.また,C. Deffayetらにより2011年に提案された一般化されたGalileon理論が1972年にG. Horndeskiにより導かれた最も一般的な1成分スカラ場理論と同等であることを示したことも高く評価されている. 2013年に発表されたPlanck衛星観測の最初の解析結果は,インフレーションが(実質的に)1成分のスカラ場により引き起こされたことを強く示唆しており,今後の観測実験および理論研究において本論文の重要性は一段と増したといえる.日本物理学会論文賞にふさわしい論文である. |
論文題目 | The Quiver Matrix Model and 2d-4d Conformal Connection |
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掲載誌 | Prog. Theor. Phys. (2010) 123 (6): 957-987 |
著者氏名 | Hiroshi Itoyama, Kazunobu Maruyoshi and Takeshi Oota |
授賞理由 | 2次元の共形場理論と4次元の共形不変なN=2超対称ゲージ理論との間に対応関係があることをAlday-Gaiotto-Tachikawaが初めて指摘した.これをAGT対応と呼ぶ.この対応関係は広い範囲で成り立っていることが分かったが,一方で,何故そうした関係が存在するのかを自然に理解する物理的な説明は未だ見つかっていない. 本論文は,行列模型を用いてこの対応関係を説明する試みを早い時期に行ったものであり,この分野の多くの研究者の関心を集めた.この分野の研究は早くから注目を集めただけでなく,現在もさらに発展を続けており,本論文はその先見性から,この方向の研究を切り開いた論文の一つと評価することができる. 具体的な方法としては,最初に2次元共形場理論をクィバー型と呼ばれる行列模型の積分を用いて表すことから始める.これを積分することによって行列模型を記述するループ方程式を導く.一方,N=2超対称ゲージ理論の非摂動効果は物理的にはインスタントンの和で表され,結果はサイバーク・ウィッテン曲線によって表現されることがわかっている.本論文では,このサイバーク・ウィッテン曲線と行列模型のループ方程式が対応していることを示した.このようにして,2次元共形場理論と4次元超対称ゲージ理論の非摂動効果を表すインスタントン和とが対応していることが分かった. 本論文は早い時期にこうした方向の研究を切り開いたものとして世界的にも注目され,大きな影響を与えた.論文賞に値すると評価できる. |
論文題目 | Spin-Orbit Interaction in Single Wall Carbon Nanotubes: Symmetry Adapted Tight-Binding Calculation and Effective Model Analysis |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 074707 |
著者氏名 | Wataru Izumida, Kentaro Sato, and Riichiro Saito |
授賞理由 | 炭素原子からなる系ではスピン軌道相互作用の効果は小さく,その定量的な評価はワイドギャップ半導体であるダイヤモンドに関してなされてはいたが,通常は考慮されないことがほとんどであった.本論文では,直径と螺旋度に依存した電子構造を持つカーボンナノチューブ系に対して,重なり積分を考慮した定量性の高いタイトバインディング法を用いてスピン軌道相互作用の電子構造に及ぼす影響を系統的に求めた結果が報告されている. カーボンナノチューブ系は,金属から絶縁体まで多様な電子構造を取ることが理論的に予言され,実験的にも主に光物性測定を用いて確認されてきたが,その幾何構造の多様性により,単一の構造(螺旋度・直径)のみからなる試料の作成が遅れていたことから,詳細な電子構造(バンド構造)の実験的確認は遅れていた.近年,ようやく構造均一性の高い試料が得られる様になってきたことから,個々のカーボンナノチューブの定量的な電子構造研究の進展が期待される状況となってきた.特に,通常「金属」と分類されるカーボンナノチューブの殆どは,曲率の効果によりエネルギーギャップが開く「微少ギャップ半導体」であることが定量的電子構造理論研究により予言されている.さらに,曲率の効果を入れても金属と予測される,いわゆるアームチェアナノチューブでも,スピン軌道相互作用を考慮すると,微少なギャップが開き得ることが指摘されていた.半導体カーボンナノチューブの価電子帯頂上および伝導帯底のスピン軌道相互作用分裂も含めて,多様な電子構造を持つナノチューブ系におけるスピン軌道相互作用の定量的な理解は,科学上,また,スピントロニクス応用上も重要な研究課題である.本論文では,タイトバインディング法に基づいて構造最適化された多数のカーボンナノチューブに関して,螺旋対称性を取り入れてスピン軌道相互作用を定量的に評価した結果が,物理的な議論も含めて系統的に報告されている.重要課題に関する総合的な研究成果報告として高い価値があり,日本物理学会論文賞に相応しい論文と判断される. |
論文題目 | Scaling Properties of Granular Rheology near the Jamming Transition |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 123002 |
著者氏名 | Takahiro Hatano |
授賞理由 | ジャミング転移とは,非平衡相転移の一種であり,粉体系やエマルジョンなどの非熱的な系において密度を変えた時に,せん断などの外力に対して,流れなくなり,ずり弾性率や体積弾性率がゼロから有限に転移する現象である.ジャミングが臨界現象的であることは,近年,複数の実験や数値実験で相関長や相関時間の発散が報告され,さらにはガラス転移との関係も指摘され,多くの研究者を惹きつけてきた.著者はこの問題に顕著な貢献をしているが,本論文はその中でも重要な位置を占める論文である.P. Olsson等は2007年に,ずり粘性率と相関長が転移点近くで,臨界現象特有のスケーリング関係式を満たすことを示したが,2次元の摩擦がない粉体系の数値実験であり,粒子間の相互作用は線形のモデルであった. 波多野氏は,独立に同年に同種の発見をJPSJに発表しているが,本論文は,その後さらに系統的に行われた研究結果である.著者は,ジャミング転移がモデルによらず普遍的か否かを明らかにするため,3次元の摩擦のある粉体系で粒子間の弾性的相互作用が,変形に対して線形の場合と,Herz型の非線形性を持つ場合について,包括的な数値実験を行った.粒子密度を上げてゆくと,ずり応力,圧力,運動論的温度の3つがジャミング転移点近傍で,スケーリング関係式を満たすことを新たに見出している.転移の様子は明確である.臨界密度以下では,ずり速度がゼロの極限でずり応力がゼロになり,粉体は流体のように流れ,応力のスケーリングは粉体に特有のバグノルド則に従う.一方,臨界密度以上では,ずり速度がゼロの極限でも応力が有限の値を持ち,降伏応力を持つ固体のように振る舞う.また,上記3つの物理量が転移点の上下で普遍的なスケーリング関数に重なり,臨界現象の枠組みに従うとともに,合計6つの非自明な臨界指数が現れることを発見した.本論文の特徴は,さらにその先にある.これらの臨界指数が,粒子間相互作用に依存することを見出し,ジャミング転移の臨界指数が普遍的ではないことを明らかにした.このことは,本論文の価値を下げるものではなく,むしろ粉体や非平衡系の相転移的な現象の特徴を明確に捉えたものとして,その学問的な価値を高めるものである.また,著者は摩擦なしの2次元系との比較と理論的考察から,次元によらない臨界指数があることを見出している.本論文は,ジャミング転移の臨界現象に関する研究を広げる契機となった重要な論文であり,物理学会論文賞として相応しいと評価した. |
日本物理学会第19回論文賞授賞論文選考経過報告
日本物理学会 論文賞選考委員会*
本選考委員会は,2013年10月の理事会での議を経て発足した.その後,日本物理学会論文賞規定に定められている推薦権者および推薦権を持つ委員会に対して候補論文の推薦依頼がなされ,結局,期限までに19件,16論文の推薦があった.そして,それらの論文について,日本物理学会論文賞選考委員会規定に従い,委員長より閲読依頼がなされた.その際,慣例に従い,各論文について委員1名と外部1名の計2名に対して閲読依頼がなされた.
2014年2月4日開催の選考委員会会合(欠席1名)までに全ての閲読者から回答があり,同会合ではそれら閲読結果に基づいて,各論文の独自性と物理学における重要性について,詳しく検討を進めた.さらに審議においては,候補となりうる論文に関する論文賞規定(出版時期とその例外規定,論文の種別)の観点からも議論がなされた.その結果,規定にある表彰件数の上限となる上記5編の論文が第19回日本物理学会論文賞に相応しい授賞候補論文であることで出席委員全員が合意し,理事会に推薦した.そして,同月の理事会において,これら5編が第19回日本物理学会論文賞授賞論文として正式決定された.
*日本物理学会第19回論文賞選考委員会
委員長:斎藤 晋
副委員長:小玉英雄
幹事:兵頭俊夫
委員:岸本忠史,黒木和彦,坂井典佑,佐野雅己,高橋利宏,平野琢也,藤森 淳,蓑輪 眞(50 音順)