論文賞

第23回(2018年)論文賞授賞論文

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本年度の日本物理学会第23回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年2月17日に開催された第620回理事会において次の4編の論文に対して与えられました。表彰式は3月24日の午前、第73回年次大会の総合講演に先立ち、総合講演会場である野田市文化会館において行われました。

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国広選考委員会委員長による選考経過報告 川村会長より表彰状を授与される受賞者

論文題目 Energy-momentum tensor from the Yang-Mills gradient flow
掲載誌 Prog. Theor. Exp. Phys. 2013, 083B03 (2013)
[Erratum: Prog. Theor. Exp. Phys. 2015, 079201 (2015)]
著者氏名 Hiroshi Suzuki
授賞理由 格子ゲージ理論は、場の量子論の非摂動的定式化として重要な役割を果たしており、とりわけ強い相互作用を記述する量子色力学(QCD)においてハドロンの質量や性質の研究において大きな成功を収めてきた。しかしながら、格子上では連続的な時空の対称性が失われるため、格子場の理論では、時空の並進対称性に対応する保存カレントであるエネルギー運動量テンソルという非常に基本的な物理量について、満足のいく定義が存在せず、そのため、エネルギー運動量テンソルやその相関関数について信頼できる結果を得ることが困難であった。
エネルギー運動量テンソルを厳密に定義する一つの可能性は、紫外発散を持たない有限な物理量を活用する方法である。鈴木氏の本論文では、Yang-Mills 勾配流に着目し、紫外発散の無い保存カレントとしてエネルギー運動量をYang-Mills理論に対して初めて構成することに成功した。このアプローチでは、4次元(ユークリッド)時空に加えて、新たに「拡散時間」を導入する。この新たな時間の経過とともに、Yang-Mills場の配位は拡散方程式に従い、拡散していく。有限の拡散時間ではYang-Mills場のエネルギー運動量テンソルや相関関数は非摂動論的に有限量となる。鈴木氏はこの論文において、拡散時間ゼロに外挿するフォーマリズムを与え、具体的な関係式を計算することに成功した。その後鈴木氏は、Dirac場を含む場合にも拡張し、格子ゲージ理論における厳密なエネルギー運動テンソルを定義することが出来た。
鈴木氏の業績は、エネルギー運動量テンソルという場の理論にとって非常に基本的な物理量を非摂動的に定義する一つの方法を確立したということで、それ自身が高く評価できるものである。本論文は、すでに標準的な論文としての地位を確立し、世界の研究動向に大きな影響を与えている。今後ハドロンの内部構造、熱力学的諸量の評価、クォークグルーオンプラズマの粘性係数など、様々な物理量の評価に彼の方法が用いられていくことが期待される。
このように、本論文は、日本物理学会論文賞にふさわしい優れたものである。
論文題目 Kondo Effects and Multipolar Order in the Cubic PrTr2Al20 (Tr = Ti, V)
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 80, 063701 (2011)
著者氏名 Akito Sakai and Satoru Nakatsuji
授賞理由 四極子近藤効果は、電気四極子の自由度を持つ局在電子が伝導電子と混成することによりもたらされる多体効果の一つである。磁気モーメントに由来する従来型の近藤効果の拡張として、約30年前に理論的に提案された。その後、この現象の実験的観測を目指して物質探索が行われたが、実験的確証は得られなかった。
このような研究の流れの中、著者らは Pr イオンが格子を形成した 1-2-20 化合物系において、四極子自由度に起因すると考えられる強相関電子物性を発見した。著者らは四極子秩序の高温側で、温度の平方根に比例する電気抵抗率などの特異物性を観測し、四極子近藤効果に起因する非フェルミ液体的振る舞いである可能性を指摘した。育成されたPrTi2Al20 単結晶は純良で、種々の物理量の測定精度も高く信頼性の高い結果であった。
本論文の出版以降、中性子非弾性散乱による四極子自由度を持つ Pr結晶場基底状態の確認や、異常な圧力誘起超伝導相の発見などの様々な実験が行われ、理論的研究においても四極子近藤効果の格子系への拡張がなされた。
以上のように、四極子近藤格子系の実験的研究の舞台となる新化合物を見出し、その後の本研究領域の進展をもたらした本論文は、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。
論文題目 Novel Phase Transition and the Pressure Effect in YbFe2Al10-type CeT2Al10 (T = Fe, Ru, Os)
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 78, 123705 (2009)
著者氏名 Takashi Nishioka, Yukihiro Kawamura, Tomoaki Takesaka, Riki Kobayashi, Harukazu Kato, Masahiro Matsumura, Kazuto Kodama, Kazuyuki Matsubayashi, and Yoshiya Uwatoko
授賞理由 一般的にCe化合物の磁性は,1サイトイオン効果で非磁性基底状態を導く近藤効果と,2サイトイオン効果で磁気状態を導くRKKY相互作用の競合を示すDoniach相図でよく理解できると考えられている。したがって,Ce化合物では一般に、比較的低い磁気転移温度TNの局在磁性状態、非磁性の価数揺動状態、およびこれらの中間に位置する非磁性もしくは低いTNの反強磁性の重い電子状態が期待される。
本論文の著者らは、類似物質を含めた CeT2Al10 (T = Fe, Ru, Os)について純良の単結晶を育成し、比熱、伝導率・磁化率の異方性や圧力効果など、より詳細な物性について調べた。その結果、これらの物質がいずれも近藤半導体的であること、CeRu2Al10 および CeOs2Al10 はいずれも 30 K 付近のかなり高温で相転移を示すが、加圧により2-4GPaで相転移が消失し、3つの化合物全てが高圧下では重い電子系へ移行することを見いだし、一連の物質が圧力(化学圧力)をパラメータとして系統的に理解できる可能性があることを報告している。30 K 付近の相転移については、Ce の de Gennes 因子を考慮すると単純な磁気秩序では高い転移温度を説明することが難しく、本論文では CDW 転移の可能性を指摘している。その後の研究により、この転移において小さな Ce 磁気モーメントが反強磁性に秩序することがわかっている。 この系の磁気転移の不思議な点は、小さいモーメントの反強磁性がかなりの高温で秩序化することに加えて、反強磁性の容易軸が常磁性領域での磁化容易軸に一致していない、ということがあげられる。そのため、単純なDoniach相図では理解することが困難であり,このことは多くの注目を集め、一連の物質に対してその後数多くの研究を誘発することになった。
このように本論文は,Ce化合物のそれまでの常識を超えた新奇な磁気現象についてCeT2Al10(T = Ru, Os) 純良単結晶の育成および基礎物性測定から報告した意義は大きく,この分野の実験・理論研究に大きな影響を与えており,日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。
論文題目 Comparison of Ab initio Low-Energy Models for LaFePO, LaFeAsO, BaFe2As2, LiFeAs, FeSe, and FeTe: Electron Correlation and Covalency
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 79, 044705 (2010)
著者氏名 Takashi Miyake, Kazuma Nakamura, Ryotaro Arita, and Masatoshi Imada
授賞理由 微視的な電子構造の情報を全て保持したままで強相関電子系の性質を理解することは不可能であり、ハバード模型のような低エネルギー有効模型は非常に重要である。しかし、模型に含まれるホッピングやオンサイト斥力相互作用などのパラメータは、実験データのフィッティングにより決定するか、経験的な値を用いることが多く、現実の物質の電子状態の定量的記述は難しかった。しかし、近年、第一原理計算に基づいて低エネルギー有効模型のパラメータを定量的に決定する、「第一原理ダウンフォールディング法」が発展しており、現実の物質における強相関効果の正確な理解が可能になりつつある。本論文は、著者や他の研究者らによる従前の研究をさらに発展させ、ダウンフォールディング法を鉄系超伝導体に適用し、多軌道ハバード模型を第一原理計算に基づいて非経験的に導出したものである。
本論文では、最局在ワニエ関数を用いて低エネルギー励起に寄与するバンド構造を表現して、制限された乱雑移送近似(cRPA)により高エネルギー励起の自由度による遮蔽効果を取り込んだ斥力相互作用パラメータを導出している。この手法によりパラメータ決定の恣意性をほぼ排除することで、鉄系超伝導体の異なる物質群の電子状態の系統的な比較が可能になり、それらの差異を解明することに成功している。特に、11系と呼ばれる物質群では他の物質群に比べて相関効果が強いことと、その理由を明らかにした。本論文は、鉄系超伝導体の系統的な理解に大きく貢献し、実験的研究にもインパクトを与えている。さらに、他の強相関電子系に応用する研究も進んでおり、本論文においてダウンフォールディング法が定量的理論手法として確立したと言える。
このように本論文は、鉄系超伝導体の物理、および低エネルギーの有効模型を導出する方法の確立の両面で大きな意義を持ち、日本物理学会論文賞にふさわしい優れた業績である。

日本物理学会第23回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会第23回論文賞選考委員会*

本選考委員会は2017年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに24件20編の論文の推薦を受けた。うち1件1論文はレビュー論文のため規定に従って選考対象からはずし、19編の論文について選考委員1名と外部委員1名の計2名に閲読を依頼した。選考委員会までにすべての閲読結果の報告を得た。
2018年2月3日の選考委員会では12名のうち9選考委員が出席し受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記4編の論文が第23回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、同月の理事会で正式決定された。


*日本物理学会第23回論文賞選考委員会

委 員 長:国広悌二
副委員長:古崎昭
幹  事:永江知文
委  員:伊藤早苗, 太田仁, 押川正毅, 香取秀俊, 久野良孝, 須藤彰三, 寺崎一郎,
森川雅博, 山口昌弘