第25回(2020年)論文賞授賞論文
本年度の日本物理学会第25回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年1月11日に開催された第645回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。
論文題目 | Spin Chirality Ordering and Anomalous Hall Effect in the Ferromagnetic Kondo Lattice Model on a Triangular Lattice |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 79, 083711 (2010) |
著者氏名 | Yutaka Akagi and Yukitoshi Motome |
授賞理由 |
3角格子は2次元における幾何学的フラストレーションを示す最も代表的な格子構造である。当論文の著者たちは、3角格子上の近藤格子モデルを研究の対象とした。3角格子上の近藤格子モデルで特に興味深い可能性は、3角形のプラケット上の3個のスピンが同一平面上になく有限の立体角を持つ秩序状態である。この立体角はスカラーカイラリティーと呼ばれる。スカラーカイラリティーが有限の秩序状態では、時間反転対象性のみでなく、空間反転対称性も破れた新奇な秩序状態が実現したことになる。その場合、外部磁場がなくても量子化されたホール係数が観測される可能性が期待される。著者たちは久保公式に基づき各相におけるホール係数も系統的に計算した。 |
論文題目 | Extremely Large and Anisotropic Upper Critical Field and the Ferromagnetic Instability in UCoGe |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 78, 113709 (2009) |
著者氏名 | Dai Aoki, Tatsuma D. Matsuda, Valentin Taufour, Elena Hassinger, Georg Knebel, and Jacques Flouquet |
授賞理由 |
バラエティに富む非従来型超伝導体の中で、強磁性と共存する一連のU系超伝導はスピン三重項超伝導の極めて有力な候補として注目されている。UGe2, UIr, UCoGe, URhGeそして昨年発見されたUTe2では強磁性相が超伝導発現を安定化しており、これが強磁性ゆらぎが引力を媒介する非ユニタリスピン三重項超伝導の強い証拠とされている。スピン三重項クーパー対状態の直接的な実験的検証が概ね困難である中で、U系物質に現れた強磁性と超伝導の関係性は、当該研究分野の中で重要な位置を占めている。 |
論文題目 | Anisotropic Magnetoresistance Effects in Fe, Co, Ni, Fe4N, and Half-Metallic Ferromagnet: A Systematic Analysis |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 81, 024705 (2012) |
著者氏名 | Satoshi Kokado, Masakiyo Tsunoda, Kikuo Harigaya, and Akimasa Sakuma |
授賞理由 |
異方性磁気抵抗(AMR)効果は、数ある磁気抵抗効果において最も古くから研究され、近年でもスピントロニクス分野の基礎的現象として盛んに研究されている。本論文は、強磁性遷移金属物質を対象とし、伝導帯から局在d状態へのs-d散乱過程に依存するAMR効果を理論的に研究したものである。従来研究では一部の寄与のみが考慮されていたs-d散乱過程を、本論文ではフルに取り入れ、AMR比の最も一般的な公式を導出した。本論文によると、AMR比はスピン軌道相互作用と交換相互作用によって、フェルミ準位における局在d電子↑、↓スピンの状態密度差と、伝導s電子↑、↓スピンの電気伝導率差の積に比例する。これにより、AMR比の符号とAMR効果に寄与する主要なs-d散乱過程の関係が明らかとなり、(強い)強磁性、弱強磁性、ハーフメタルといった幅広いタイプの磁性材料に適用可能な極めて「実用性の高い」理論関係式が完成した。最も重要な例として、ハーフメタルではAMR比が負になることを利用して、ハーフメタルの実験的探索におけるスクリーニングが可能になった。また第一原理計算等の後続理論研究の起点としても、多数の引用がある。以上より、本論文は独創的なアイデアに基づいた理論的研究により、強磁性体における電気伝導性の物理的理解に重要な貢献をしたと認められ、日本物理学会論文賞に値する。 |
論文題目 | First-Principles Study of Magnetocrystalline Anisotropy and Magnetization in NdFe12, NdFe11Ti, and NdFe11TiN |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 83, 043702 (2014) |
著者氏名 | Takashi Miyake, Kiyoyuki Terakura, Yosuke Harashima, Hiori Kino, and Shoji Ishibashi |
授賞理由 |
電気自動車用モーター等に利用される永久磁石の需要は年々増加しており、磁石材料に添加される重希土類元素の不足は深刻な問題である。こうした背景を踏まえて、高性能磁石材料の設計指針を得るべく、本論文の著者はNdFe12をはじめとする強磁性材料の磁気特性を理論的に研究した。結晶場理論に基づいて磁気異方性を評価するためにNd原子の結晶場パラメターを第一原理計算により求めて、NdFe12NやNdFe11TiNにおいて格子間に侵入したN原子が強い一軸磁気異方性をもたらすことを見出した。また、格子間N原子の2p軌道とFe原子の3d軌道の混成が、これらの材料の磁化の増大に重要な役割を果たしていることを明らかにした。その後、本論文の理論提案に触発されて、NdFe14Bを凌ぐ高い磁気特性を示すNdFe12Nx薄膜の合成に成功したことが報告されている。 |
論文題目 | Can we explain AMS-02 antiproton and positron excesses simultaneously by nearby supernovae without pulsars or dark matter? |
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掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, 021E01 (2016) |
著者氏名 | Kazunori Kohri, Kunihito Ioka, Yutaka Fujita, and Ryo Yamazaki |
授賞理由 |
近年の宇宙線観測により、地球近傍での宇宙線反粒子の組成比に深刻な異常があることが報告されている。約100ギガ電子ボルト以上のエネルギーを持つ陽電子と反陽子のフラックスが標準的な宇宙物理学の理論値より有意に超過していることがそれである。この問題について、これまで宇宙物理学と素粒子物理学の両分野から多様な理論モデルが提案されてきたが、本論文の著者たちは、それらの反粒子は過去に近傍で起こった超新星爆発の残骸中で加速された宇宙線陽子の散乱が源泉であるとする「近傍超新星残骸説」を、世界で初めて提唱した。これは地球から数100パーセク程度以内の分子雲中で数十万年前に超新星爆発により作られた超新星残骸中で加速された陽子が、分子雲中の背景陽子などと衝突し、ハドロンシャワーによる粒子生成とその崩壊を通じて陽電子と反陽子を2次的に同時に生成したとするシナリオである。現実に地球近傍では過去の超新星爆発の痕跡と考えられる天体が多数発見されていることがその背景を成すが、将来、陽電子と反陽子の到来方向の非等方性を測定することにより、モデルを検証する方法が示されている。反陽子超過のシグナルの可能性については、同じ著者らによる2009年の準備論文において予測され、実際、これと一致する観測結果が2015年に国際宇宙ステーション搭載の実験装置AMS-02で得られている。本論文ではその観測結果を受けてさらに緻密な考察を加えたものであり、宇宙物理学のみならず、素粒子物理学など関係分野に大きな影響を与えている。これらの理由から、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。 |
日本物理学会第25回論文賞授賞論文選考経過報告
日本物理学会第25回論文賞選考委員会 *
本選考委員会は2019年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに18件18編の論文の推薦を受けた。18編のうち4編は昨年も候補として推薦された論文であった。推薦された18編の論文については、選考委員を含む計36名に閲読を依頼し、すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
2019年12月26日の選考委員会では11名のうち8名の選考委員が出席し受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記5編の論文が第25回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、2020年1月の理事会で正式決定された。
*日本物理学会第25回論文賞選考委員会
委 員 長:福山寛
副委員長:青木慎也
幹 事:勝本信吾
委 員:延与佳子、香取眞理、北川健太郎、久我隆弘、清水明、
筒井泉、中畑雅行、藤澤利正