論文賞

第26回(2021年)論文賞授賞論文

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本年度の日本物理学会第26回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年1月23日に開催された第659回理事会において次の5編の論文に対して与えられました。

論文題目 Observation of a Be double-Lambda hypernucleus in the J-PARC E07 experiment
掲載誌 Prog. Theor. Exp. Phys. 2019, 021D02 (2019)
著者氏名 H Ekawa, K Agari, J K Ahn, T Akaishi, Y Akazawa, S Ashikaga, B Bassalleck, S Bleser, Y Endo, Y Fujikawa, N Fujioka, M Fujita, R Goto, Y Han, S Hasegawa, T Hashimoto, S H Hayakawa, T Hayakawa, E Hayata, K Hicks, E Hirose, M Hirose, R Honda, K Hoshino, S Hoshino, K Hosomi, S H Hwang, Y Ichikawa, M Ichikawa, M Ieiri, K Imai, K Inaba, Y Ishikawa, A Iskendir, H Ito, K Ito, W S Jung, S Kanatsuki, H Kanauchi, A Kasagi, T Kawai, M H Kim, S H Kim, S Kinbara, R Kiuchi, H Kobayashi, K Kobayashi, T Koike, A Koshikawa, J Y Lee, J W Lee, T L Ma, S Y Matsumoto, M Minakawa, K Miwa, A T Moe, T J Moon, M Moritsu, Y Nagase, Y Nakada, M Nakagawa, D Nakashima, K Nakazawa, T Nanamura, M Naruki, A N L Nyaw, Y Ogura, M Ohashi, K Oue, S Ozawa, J Pochodzalla, S Y Ryu, H Sako, Y Sasaki, S Sato, Y Sato, F Schupp, K Shirotori, M M Soe, M K Soe, J Y Sohn, H Sugimura, K N Suzuki, H Takahashi, T Takahashi, Y Takahashi, T Takeda, H Tamura, K Tanida, A M M Theint, K T Tint, Y Toyama, M Ukai, E Umezaki, T Watabe, K Watanabe, T O Yamamoto, S B Yang, C S Yoon, J Yoshida, M Yoshimoto, D H Zhang, Z Zhang
授賞理由

ストレンジネスクォークを含むハイペロンのうち、最も軽いハイペロンであるΛ粒子間の相互作用は中性子星の構造を議論する際の重要なインプットの一つであり、中性子星合体による重力波の発生やrプロセス元素合成などにも大きく関わる重要な量である。Λ粒子は短寿命であるため、Λ粒子間の相互作用を決定するうえでΛ粒子を2つ含む2重Λハイパー核の研究が必須となる。この論文は、大強度陽子加速器施設J-PARC E07 実験における Be の2重ハイパー核の生成の成功を報告したものである。実験は、写真乾板技術に高分解能の荷電粒子運動量分光器を組み合わせた (K-,K+) 反応の測定であり、運動量解析から 11ΛΛBeハイパー核の生成が同定された。これまでに7例の2重ハイパー核の生成が報告されているが、核種が一意に特定されたものはそのうちの1例しかない。本論文で報告されたイベントは6ΛΛHeハイパー核に次ぐ2番目の例となり、「美濃イベント」と命名された。本実験はこれまでの実験より10倍程度の高統計の実験であり、ΛΛ束縛エネルギー ΔBΛΛも1桁程度精度よく決めることができた。これにより、通常の核子間相互作用の引力に比べてL粒子間相互作用の引力が弱いことが確定した。また、6ΛΛHeハイパー核と11ΛΛBeハイパー核ではΔBΛΛの値が有意に異なり、芯核によってΔBΛΛが変わり得ることが実験的に初めて示された。これによりハイペロン間相互作用の研究が飛躍的に進むことになり、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

論文題目 Superconductivity in Ca1-xLaxFeAs2: A Novel 112-Type Iron Pnictide with Arsenic Zigzag Bonds
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 82, 123702 (2013)
著者氏名 Naoyuki Katayama, Kazutaka Kudo, Seiichiro Onari, Tasuku Mizukami, Kento Sugawara, Yuki Sugiyama, Yutaka Kitahama, Keita Iba, Kazunori Fujimura, Naoki Nishimoto, Minoru Nohara, and Hiroshi Sawa
授賞理由

 2008年に細野らのグループによって発見された鉄ヒ素系超伝導体は、当初の超伝導転移温度は20K台であったものの、またたく間に世界中で類似構造物質が作製され、最高Tcは55Kにまで上昇した。その後の鉄化合物の新超伝導体探索は、転移温度上昇を狙ったものだけではなく、次元性と超伝導機構の関係を探るためにスペーサー層(FeAs層間の層)を厚くして3d電子系の2次元性を高めた物質開発などの研究が行われてきた。
 本論文は、ヒ素のジグザグ1次元鎖をスペーサー層とする新しい新超伝導体発見の論文である。その特徴は(i)他の鉄系超伝導体とは異なり単斜晶であること、(ii)1価のAs-がdimerを組んでいる1次元ジグザグ構造がFeAs層間にあること、(iii)鋭い超伝導転移は34Kで観測されたが、組成を最適化すれば45Kになりうる兆候が見えること、である。
 鉄系超伝導体の発見当初から、Ca-La-Fe-Asの4元系で超伝導の兆候が見られることは知られていたが、その結晶構造及び組成は不明であった。本論文は、理論予言されていた物質を合成してみせ、その謎に明確な答えを与えるものとなった。また、良質な単結晶を作製し、SPring-8のX線回折実験でのMEM解析によって電子密度分布を決定し、第一原理計算でフェルミ面形状を計算するなど、丁寧で良質な実験研究である点も、単なる新超伝導体発見の論文とは一線を画するものとなっている。
 本論文に動機づけされた後続研究が数多くなされ、超伝導転移温度も予想通り40Kを越える高いものが報告された。このように本論文は、鉄系超伝導の研究分野に大きな貢献をし、それは100を超える引用数にも表れている。以上のことから、本論文は日本の鉄系高温超伝導研究の高いレベルを示す好例となっており、第26回論文賞に相応しいものである。

論文題目 Superconductivity of Au-Ge-Yb Approximants with Tsai-type Clusters
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 84, 023705 (2015)
著者氏名 Kazuhiko Deguchi, Mika Nakayama, Shuya Matsukawa, Keiichiro Imura, Katsumasa Tanaka, Tsutomu Ishimasa, and Noriaki K. Sato
授賞理由

 新超伝導体の探索、およびその非自明な超伝導機構の解明が、世界中で精力的に研究されている。特に、「結晶ではあるが、周期性(結晶並進対称性)を持たない『準結晶』で、超伝導は出現するのか?その超伝導の発現機構は何か?」というのは長年の問いであり、その解を探求する研究が進められている。
 その中で、本論文では、通常の結晶と『準結晶』の間に位置し、『近似結晶』と呼ばれる2種類の新Tsai型クラスター化合物AGY(I) [Au64.0Ge22.0Yb14.0, Tc = 0.68 K]とAGY(II) [Au63.5Ge20.5Yb16.0, Tc = 0.36 K]が開発され、その超伝導が発見されたことが報告されている。特に、AGY(II)では、磁性を持つYbイオンがTsai クラスターの中心を占有することが、構造解析で明らかにされており、磁性との相関という観点からも超伝導機構が調べられている。
 近年、著者らにより、この『近似結晶』を発展させた『準結晶』Al-Zn-Mgにおいて超伝導(Tc=0.05K)も発見され[K. Kamiya, et al., Nat. Commun. 9, 154 (2018)]、その非自明な超伝導の解明が進められている。このように、本論文では、超伝導を示す『準結晶』の礎となる、『近似結晶』で初めての超伝導が報告され、磁性イオンを含む超伝導としてもその機構が興味深いことが述べられており、大きなインパクトを与えている。よって、日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

論文題目 Anomaly Polynomial of General 6D SCFTs
掲載誌 Prog. Theor. Exp. Phys. 2014, 103B07 (2014)
著者氏名 Kantaro Ohmori, Hiroyuki Shimizu, Yuji Tachikawa, Kazuya Yonekura
授賞理由

 本論文は一般の6次元 N =(2,0) および N =(1,0) 超共形場理論におけるアノマリー多項式を系統的に求める方法を与え、実際に様々な例について具体的に求めて見せたものである。このタイプの6次元超共形場理論は、弦理論の統一理論と考えられているM理論におけるM5ブレインと呼ばれる6次元的に広がった物体の上に実現されるなど、弦理論の分野では様々な場面で登場し、コンパクト化することによって4次元のゲージ理論における双対性を導くなどの著しい性質があることから、非常に重要な研究対象である。しかし、一方で、場の強さが自己双対な2階反対称テンソル場を含む理論であることから、有効な弱結合の記述もなく、共変的なラグランジアンを書き下すことすらできないため、一般にその解析は困難を極める。本論文は、そのような難解な理論に対するアノマリーの構造を見事に決定して見せた大変重要な論文である。
 著者らは、まず、上記の2階反対称テンソル場と超対称変換で結びつくスカラー場に真空期待値を与えても注目している対称性は破れず、そのアノマリーも変化しないことに注目し、低エネルギーで解析が可能になるような真空をうまく選んで解析を行った。その場合、1ループの寄与からくるアノマリーの寄与は既に知られているので、グリーンとシュワルツによって見出された反対称テンソル場に起因するアノマリーの寄与(以下GS項と呼ぶ)を求めれば良いことになる。彼らはゲージアノマリーの相殺やコンパクト化して得られる場の理論の結果との整合性などの情報をうまく利用して、極めて一般的な場合でGS項を決定できることを示した。また、この方法を用いて様々な例について具体的にアノマリー多項式を求めており、既知の結果を再現するとともに、まだ求められていなかった系に対する表式を得ることに成功している。
 また、M理論における AdS7/CFT6 対応の観点からは、M5ブレインを記述する場の理論の物理的自由度の数がM5ブレインの枚数Qが大きい極限でQ3に比例すると予言されるが、本論文におけるアノマリーに基づく解析によってこの振る舞いが再現されるという興味深い結果も得られた。さらに、M理論のおけるアノマリーインフローの結果と調和することも確かめている。
 このように信頼性の高い充実した議論を与えた本論文は、この分野の基本的文献の一つとして、多くの研究者に利用され、この分野の発展に大きな影響を与えてきた。これらの理由により、本論文は日本物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。

論文題目 Quantum Thermal Hall Effect in a Time-Reversal-Symmetry-Broken Topological Superconductor in Two Dimensions: Approach from Bulk Calculations
掲載誌 J. Phys. Soc. Jpn. 82, 023602 (2013)
著者氏名 Hiroaki Sumiyoshi and Satoshi Fujimoto
授賞理由

 本論文は、2次元トポロジカル超伝導体の熱ホール伝導度の表式をBogoliubov-de Gennes (BdG)方程式から導き、その係数がチャーン数の半分、すなわち量子ホール系の結果のちょうど半分(半整数値)に量子化されることを示した。この半整数量子化自体は、マヨラナ端状態の観点から既にいくつかの理論が存在した。本論文は、バルク状態を記述するBdG方程式から導くことにより、バルクで定義されるトポロジカル数(チャーン数)で表した点が新しい。また、導出の際の仮定の一般性と結果の簡明さから、2次元に限らず汎用性の高いものとなっている。実際、本論文の結果をもとに、ノードをもつ3次元カイラル超伝導体への拡張がなされた [N. Yoshioka et al., J. Phys. Soc. Jpn. 87, 124602 (2018)]。熱ホール係数の半整数量子化は、実験的にもキタエフ磁性体 α-RuCl3 で観測される [Y. Kasahara et al., Nature 559, 227 (2018)] など、トポロジカル物性分野のホットな話題となっており、本論文の果たした役割は大きい。
 計算では、Luttinger の重力ポテンシャルの方法に基づき、久保公式にエネルギー磁化を加えて熱ホール伝導度を計算する最新の輸送理論 [T. Qin et al., Phys. Rev. Lett. 107, 236601 (2011)] が用いられている。論文には、BdG方程式のもつ粒子正孔対称性により半整数量子化が生じることが丁寧に説明されていて、正常金属や絶縁体に対する上記輸送理論を超伝導体に拡張した理論としても位置づけられる。
 これらの理由から、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。

日本物理学会第26回論文賞授賞論文選考経過報告

日本物理学会第26回論文賞選考委員会 *

 本選考委員会は20206月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに1916編の論文の推薦を受けた(同数でないのは複数の重複した推薦があったため)16編のうち4編は昨年も候補として推薦された論文であった。推薦された16編の論文については、選考委員を含む計32名に閲読を依頼し、すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
 20201224日の選考委員会はコロナ禍のためオンラインで開催された。12名の選考委員のうち体調不良の1名を除く11名の委員が参加し、受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記5編の論文が第26回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、20211月の理事会で正式決定された。


*第26回論文賞選考委員会
委 員 長:久我隆弘
副委員長:筒井 泉
幹 事:田島節子
委 員:青木慎也、中畑雅行、萩野浩一、小川哲生、北川健太郎、
    鄭 国慶、河野 浩、森 初果、前野悦輝