言語 : English
第27回(2022年)論文賞授賞論文
本年度の日本物理学会第27回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年1月14日に開催された第672回理事会において次の4編の論文に対して与えられました。
論文題目 | Evolution toward Quantum Critical End Point in UGe2 |
---|---|
掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 80, 083703 (2011) |
著者氏名 | Hisashi Kotegawa , Valentin Taufour, Dai Aoki, Georg Knebel, and Jacques Flouquet |
授賞理由 | 量子臨界点近傍で新奇な物性を探索することは、現代の物性物理学の一つの大きなトレンドに挙げられる。反強磁性秩序に関しては理論・実験共に多くの研究例があるのに対し、強磁性秩序に関しては理論が先行する中で実験例は少ない。遍歴強磁性体では,絶対零度に至る過程で2 次相転移が1 次相転移に切り替わることが知られている。この場合,磁場中で新たな量子臨界終点(CEP)が現れることが期待される。本論文は強磁性体UGe2の相転移に関する実験研究である。UGe2 においては量子臨界終点が正確に決められておらず、それに向かう過程での相転移の性質(磁場依存性や圧力依存性)もわかっていなかった。本論文はHall効果および電気抵抗の圧力・磁場依存性の精緻な測定から磁場-圧力-温度相図を完成させた。特に、以下の点は高い学術的価値がある。 (1) 量子臨界終点を正確に決めた。
(2) 1 次相転移点から量子臨界終点に向かう過程での転移温度(T_CEP)の磁場及び圧力依存性を実験的に明らかにし、既存の理論と合致しないことを明らかにして理論の不完全な点を指摘した。さらに、バンド構造の変化を考慮することの重要性について新たな問題提起を行っている。
本論文は以降の関連研究の展開における一里塚となるものであり、(2)に関してはその後の理論研究の強い動機付けとなった。これらのことは高く評価でき、第27回論文賞に相応しいものである。 |
論文題目 | Three-Dimensional Dirac Electrons at the Fermi Energy in Cubic Inverse Perovskites: Ca3PbO and Its Family |
---|---|
掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 80, 083704 (2011) |
著者氏名 | Toshikaze Kariyado and Masao Ogata |
授賞理由 | トポロジカル絶縁体では、線形分散を持つDirac電子が表面だけに現れる。これに対してDirac半金属ではバルクの電子状態にDirac点があり、トポロジカル関連物質として注目されてきた。本論文は、トポロジカル半金属研究の黎明期に、第一原理計算から立方晶アンチペロブスカイト酸化物Ca3PbOがDirac半金属であることを初めて示したものである。アンチペロブスカイト酸化物とは、銅酸化物でもよく知られる通常のペロブスカイト構造の銅の位置に酸素、酸素の位置にアルカリ金属(Ca, Srなど)が配位した酸化物で、Pb(またはSn)が珍しい負のイオン価数−4を取る。 著者らは、この物質系ではアルカリ金属のd電子とPb(Sn)のp電子とのバンド反転交差によって、ガンマ点周りの対称な位置6か所にDirac電子がフェルミエネルギー面近傍に現れることを示した。また、結晶の対称性によってDirac点がギャップを開かず安定化するバンド反発抑制の機構を低エネルギー状態に対するモデルから導いている。さらに、一連のアンチペロブスカイト酸化物でのバンド反転の程度を議論している。 この先駆的な成果の後に、一連のアンチペロブスカイト酸化物の中にはトポロジカル結晶絶縁体が含まれることが理論的に示され、さらに超伝導の発見など多くの研究に波及している。トポロジカル物質に対する盛んな研究の中で、Dirac半金属に対する国際的な研究展開のきっかけとなった先駆的でオリジナリティーの高い論文といえ、本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい業績であると認められる。 |
論文題目 | Microscopic Description of Electric and Magnetic Toroidal Multipoles in Hybrid Orbitals |
---|---|
掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 87, 033709 (2018) |
著者氏名 | Satoru Hayami and Hiroaki Kusunose |
授賞理由 | 本論文は、これまで考えられてこなかった種類の多極子モーメント(磁気トロイダル多極子、電気トロイダル多極子)を含む包括的な量子力学的演算子の構成を行ったものである。電気トロイダル多極子は古典電磁気学には現れないため、一意的な定義ができないが、磁気トロイダル多極子から電気・磁気のアナロジーを用いることで、一つの自然な定義を導入している。これまでの研究とは異なり、p電子とd電子、d電子とf電子など軌道角運動量量子数が異なる軌道間の演算子を考慮することでこれらのトロイダルモーメントが表されることが示されている。これにより、物質の磁気・電気的性質を等価に扱う微視的な枠組みを提案し、電子の自由度が創出する物性を統一的に扱う基盤を提供した、オリジナルな論文と位置付けられる。著者らがのちに発表した論文 [S. Hayami, M. Yatsushiro, Y. Yanagi, and H.Kusunose, Phys. Rev. B 98, 165110 (2018)] では、同時期に発表された他グループの論文とともに、一般的な多極子秩序相に適用可能な群論的分類が示された。それらは現実の多くの物質に適用可能であり、実際に創発する交差相関応答を理論的に扱い、多くの実験結果を整理・理解する枠組みが整った。そこに至るまでの道程でこの論文が重要な契機となったことが推測される。著者たちの一連の研究は高く評価されており、その中で本論文が極めて重要な役割を果たしたという点でもその学問的意義は高く、日本物理学会論文賞にふさわしい。 |
論文題目 | TeV Scale B - L model with a flat Higgs potential at the Planck scale: In view of the hierarchy problem |
---|---|
掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2013, 023B08 (2013) |
著者氏名 | Satoshi Iso and Yuta Orikasa |
授賞理由 | 本論文は古典的にconformalな模型に基づきかつB-L対称性を含めた模型での電弱対称性の破れを実現する先行研究に対し、更にB-L対称性にゲージ場を導入する拡張を行なったものである。模型自体は非常に単純でありながら豊かな内容を含む。新たに加えた粒子は標準模型のゲージ対称性の電荷を持たないスカラー場ΦとB-L対称性のゲージ場の2つであり、ダイナミクスを決めるパラメータも実質上2つのみの最小の拡張であるため予言能力が高い。この理論においてはColeman-Weinberg機構によって、B-L対称性と電弱対称性がゲージ階層性を解決する形でともに破れ、新しいU(1)ゲージボゾンや右巻きニュートリノがTeVスケール領域に現れるなど興味深い結果を導く。他にも古典的にconformalな模型はあるが、著者の先行研究の集大成的な論文であるとともに早い段階で単純で本質をついた模型である点が優れている。またニュートリノ振動、インフレーション、レプトジェネシスなどに対して新しい見方を与える点でも興味深い。 本論文は非常に多く引用されており、この分野の基本的文献の一つとして、この分野の発展に大きな影響を与えてきた。これらの理由により、本論文は日本物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。 |
選考経過報告
第27回論文賞選考委員会*
本選考委員会は2021年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに16件15編の論文の推薦を受けた。15編のうち6編は昨年も候補として推薦された論文であった。推薦された15編の論文については、選考委員を含む計のべ30名に閲読を依頼し、すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
2021年12月21日の選考委員会はコロナ禍のためオンラインで開催された。12名の選考委員のうち都合のつかなかった2名を除く10名の委員が参加し、受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記4編の論文が第27回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、2022年1月の理事会で正式決定された。
*第27回論文賞選考委員会
委 員 長:前野 悦輝
副委員長:浅井 祥仁
幹 事:田村 裕和
委 員:大野木 哲也、萩野 浩一、小川 哲生、石坂 香子、鄭 国慶、
河野 浩、藤澤 彰英、柴田 大、森 初果