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第28回(2023年)論文賞授賞論文
本年度の日本物理学会第28回論文賞は論文賞選考委員会の推薦に基づき、本年1月21日に開催された第685回理事会において次の4編の論文に対して与えられました。
論文題目 | Magnetic Properties of Layered Itinerant Electron Ferromagnet Fe3GeTe2 |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 82, 124711 (2013) |
著者氏名 | Bin Chen, JinHu Yang, HangDong Wang, Masaki Imai, Hiroto Ohta, Chishiro Michioka, Kazuyoshi Yoshimura, and MingHu Fang |
授賞理由 | 本論文は、二次元遍歴強磁性体として近年国際的に多くの研究がなされているFe3GeTe2の純良な単結晶試料合成にいち早く成功し、様々な物性測定からその磁気相転移、磁気ゆらぎ等の基本的性質を決定した先駆的な実験報告である。ファンデルワールス力により弱く結合した層状化合物であることを反映し、強磁性転移点近傍の強いスピンゆらぎに起因する磁気特性の臨界的振る舞いが、守谷のself-consistent renormalization (SCR)理論とそれを擬二次元系に発展させた高橋のスピンゆらぎ理論によりよく説明される様子が実験的に示されている。さらに遍歴性と局在性の指標となるRhodes-Wohlfarth比の解析から、Fe3GeTe2が擬二次元遍歴磁性体であることを結論づけている。 近年では、Fe3GeTe2は単原子層においても遍歴強磁性を示す数少ない材料の一つとして注目を集めている。単原子層物質はグラフェンの発見を契機に近年世界的に精力的な研究が展開されており、ファンデルワールス層状化合物はその主要な物質群である。本論文は、単原子層遍歴強磁性体としてのFe3GeTe2の発見にもつながったものであり、その物性研究の発展に重要な影響を与えた点も評価できる。二次元遍歴強磁性体に着目した先駆性とその大きな波及効果により高い学術的重要性が認められ、日本物理学会論文賞に相応しい業績である。 |
論文題目 | Gapless Spin-Liquid Phase in an Extended Spin 1/2 Triangular Heisenberg Model |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 83, 093707 (2014) |
著者氏名 | Ryui Kaneko, Satoshi Morita, and Masatoshi Imada |
授賞理由 | 量子スピン系においてスピンが絶対零度まで凍結しない相は量子スピン液体とよばれ、1970年代のアンダーソンによる提案に代表されるように古くから注目を集めてきた。研究の初期段階ではフラストレートした三角格子上のハイゼンベルグ模型がその候補と考えられてきたが、その後の研究により、最近接相互作用のみしかない三角格子ハイゼンベルグ模型の基底状態は反強磁性状態であることが明らかになっている。 その後も量子スピン液体の探索は続けられてきたが、キタエフスピン模型のような厳密解がある例を除いて、数値計算的なアプローチに困難があるためその存在は確立されていない。本論文は、最近接相互作用に加えて次近接相互作用がある三角格子上のJ1-J2模型に対して多変数変分モンテカルロ法を用いることにより比較的大きなサイズまでの計算を行い、J2とJ1の比が0.1から0.135の間の領域にある場合に量子スピン液体相が安定になることを報告した。 この論文が示した結果は量子スピン液体の研究に大きなインパクトを与え、その後に関連する多くの研究が行われる契機となった。本論文が対象とした理論模型は量子スピン液体の有力な候補の一つと現在でも認識されている。量子スピン液体相という非自明な相がキタエフスピン模型のように特殊な模型ではなく比較的単純なスピン模型においても実現していることを示唆した学問的意義は大きく、本論文は日本物理学会論文賞に相応しい業績であると認められる。 |
論文題目 | Multiple Superconducting Phases and Unusual Enhancement of the Upper Critical Field in UTe2 |
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掲載誌 | J. Phys. Soc. Jpn. 89, 053705 (2020) |
著者氏名 | Dai Aoki, Fuminori Honda, Georg Knebel, Daniel Braithwaite, Ai Nakamura, DeXin Li, Yoshiya Homma, Yusei Shimizu, Yoshiki J. Sato, Jean-Pascal Brison, and Jacques Flouquet |
授賞理由 | 本論文では、最近発見された超伝導体UTe2について、圧力下での磁気抵抗測定、並びに交流法による圧力下での比熱測定及び磁気熱量効果測定の実験結果が報告されており、その高品質なデータをもとに、温度・磁場・圧力の相図を作成し、UTe2が複数の異なった超伝導相を有することを明らかにした。このUTe2の多重超伝導相は3Heの多重超流動相とも対比できるものである。また、パウリ限界を超える臨界磁場を示す相が存在することも示した。以上の結果は、UTe2の超伝導が複数成分の超伝導秩序変数を持つスピン三重項超伝導状態である可能性を強く示唆する顕著な結果である。よって、日本物理学会論文賞に相応しいといえる。 |
論文題目 | Can an off-axis gamma-ray burst jet in GW170817 explain all the electromagnetic counterparts? |
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掲載誌 | Prog. Theor. Exp. Phys. 2018, 043E02 |
著者氏名 | Kunihito Ioka and Takashi Nakamura |
授賞理由 | 2017年8月17日に観測された2つの中性子星の合体による重力波イベントGW170817では、重力波のみならずガンマ線から電波に至る全ての波長域にわたって電磁波対応天体が観測され、マルチメッセンジャー宇宙物理学の始まりを告げる歴史的なイベントになった。特に、観測されたガンマ線は、連星中性子星の合体によって継続時間の短いガンマ線バースト(GRB)が発生するという30年来の仮説を支持する発見だったが、光度が標準的なものよりも3, 4桁低い不思議な現象であった。本論文では、これを自然に説明するoff-axisモデルをLIGO-Virgoの記者会見と同日に提案したが、現在ではこれが標準モデルとして広く受け入れられている。このモデルは、相対論的なジェットからの絞られた放射をジェットと異なる方向から観測すると何桁も暗く見える、というシンプルだが観測結果を矛盾なく説明できるモデルである。発見直後は異なるモデルも提案されたが、見掛けの超光速運動が電波の長時間観測で発見されたことにより、最終的に著者らのoff-axisモデルが正しいことが証明された。著者らは、GRBがoff-axisから観測される可能性について2000年代前半から提案しており、積年の独創的な研究が、このイベントにおいて見事に結実した。今後のマルチメッセンジャー宇宙物理学の時代において、GRBのoff-axisモデルは標準モデルとして観測結果を解釈する際に常に用いられ、重要な役割を果たすと考えられる。本論文は日本物理学会論文賞にふさわしい。 |
選考経過報告
第28回論文賞選考委員会*
本選考委員会は2022年6月の理事会において構成された。日本物理学会論文賞規定に従って、関連委員会等に受賞論文候補の推薦を求め、10月末日の締め切りまでに18件17編の論文の推薦を受けた。17編のうち5編は昨年も候補として推薦された論文であった。推薦された17編の論文については、選考委員を含む計のべ35名に閲読を依頼し、すべての閲読結果の報告を選考委員会までに得た。
選考委員会は2022年12月22日に開催された。昨年に続きオンラインで開催され12名の選考委員のうち都合のつかなかった2名を除く10名の委員が参加し、受賞候補論文の選考を進めた。論文賞規定に留意しつつ、提出された閲読結果に基づき各論文の業績とその物理学におけるインパクトの大きさと広がりについて詳細に検討した。その結果、上記4編の論文が第28回日本物理学会論文賞にふさわしい受賞候補論文であるとの結論を得て理事会に推薦し、2023年1月の理事会で正式決定された。また、選考対象論文には最近出版され、今回の受賞には至らなかったが、今後さらに評価が高まることが期待されるものが見られたことを付記する。
*第28回論文賞選考委員会
委 員 長: 藤澤彰英
副委員長: 大野木哲也
幹 事: 長谷川修司
委 員: 浅井 祥仁、初田 哲男、芦田 昌明、石坂 香子、藤田 全基、柳瀬 陽一
柴田 大、野原 実、澤 博