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日本物理学会誌

会誌Vol.80(2025)「新著紹介」より

このページでは、物理学会誌「新著紹介」の欄より、一部を、紹介者のご了解の上で転載しています。ただし、転載にあたって多少の変更が加わっている場合もあります。また、価格等は掲載時のもので、変動があり得ます。

準結晶の科学;構造と物性

佐藤憲昭,石政 勉 著

名古屋大学出版会,名古屋,2024,viii+348p,22 cm×16 cm,5,940円[専門~学部向]ISBN 978-4-8158-1140-2

紹介者:北原功一〈防衛大学校〉

本書によると,「準結晶」とは「準周期性」を持つ物質のことである(IUCrの定義とは少し異なる).本書は準結晶の構造と物性に焦点を当てたもので,物質科学研究者にこの不思議な物質の面白さを広く伝えることが目的であるとしている.物性といってもいろいろあるが,低温の電子物性が主であり,準結晶の特徴的な高温熱物性などの記述は限定的なので注意が必要である.準結晶の低温電子物性,特に超伝導や強電子相関効果は,著者らの研究を皮切りとして,現在進行形で発展の目覚ましい分野であり,その内容を概観できるというだけでも,類書にはない,本書ならではの価値があるだろう.

第1章は「準結晶入門」として,比較的平易に「準周期性」のイメージが説明されている.一変して,第2章と,第4章から第6章では,準結晶やその近似結晶の構造を理解するための基礎が,多くの数式を伴って説明されている.準結晶の構造に馴染みのない読者には読み応えがあると思われるが,著者も述べている通り,分かりにくいと思った箇所を読者自身で作図してみることなどが,理解を深める近道となるだろう.第7章では実験的に発見された様々な準結晶や近似結晶が紹介され,第8章では準結晶の形成条件について,簡潔ではあるが,様々な視点から解説されている.著者らの研究と関連してか,構造パートでは正12角形準結晶の記述が類書と比較して充実していると思われる.

第3章では物性パートの基礎が解説されている.第9章から第12章までの各章では,準結晶の電気伝導,超伝導,局在磁性,強電子相関効果について,著者らの研究を中心に比較的最近の成果を概観することができる.具体的な項目は目次を参照されたい.学部4年生から大学院修士課程の学生を念頭に,他書を参照しなくても理解できるようになっているとされているが,概要を知るだけではなく,研究のために本格的に学ぶのであれば,第3章の冒頭に提示されている文献などの参照は必須だろう.

参考文献番号の振り間違い,数式や論理,概念図の誤りなどが散見されるのは残念である.参考文献の図を改変した図で,改変の内容が書かれていないものがあることも望ましくない.例えば,図4.16(b)に点群m35の誤った概念図が示されているが,参考文献にあるのは(d)の点群235の図だけであり,(b)は著者により加えられたようである.しかし,読者は原論文の図が間違っていると誤認するおそれがある.また,各物性の章では,紙面の都合で深掘りできないとしても,関連する研究を一通り参考文献として挙げてほしかった.例えば,準結晶の電気伝導について,マヨウらの理論的な研究に全く触れていないのは違和感がある.

本書や関連する研究分野では,観測された現象が「準結晶特有」であるかどうかがしばしば議論されている.この「準結晶特有」という言葉の正確な意味は本書で述べられていないが,「この現象は近似結晶においても見出されているから準結晶特有ではない」といった趣旨の記述からすると,それは,「準周期性」を持つ「準結晶」では起こり得るが,「周期性」を持つ「結晶(近似結晶を含む)」では起こり得ない現象と位置付けられていると思われる.そうであれば,近似結晶の格子定数よりも短いスケールでは,準結晶と近似結晶は非常に似ていることから,そのスケールで特徴付けられる現象は「準結晶特有」にはならないだろう.また,少なくとも理論的には,準結晶にいくらでも似ており,格子定数がいくらでも大きな近似結晶を想定できることから,「準結晶特有」の現象が存在するとすれば,それは無限大の長さのスケールで特徴付けられるものに限られると思われる.しかし,その実証に必要な超巨大近似結晶と準結晶を作り分けることは現実的ではない.そもそも現実の物質は有限サイズなので,それが準結晶の一部を切り取ったものなのか,超巨大近似結晶の一部を切り取ったものなのかを区別できない.IUCrによる「準結晶」の定義は,言わば「実験的に準結晶と区別できないもの(前述の超巨大近似結晶を含む)を準結晶とみなす」というものであり,「準周期性」を前提とする定義に代わる現実的な落とし所となっている.「準結晶特有」にも,何らかの実証可能な意味づけが必要であり,それは個々の研究者がそれぞれの考えや目的に沿って設定すればよいのであるが,本書で著者なりの落とし所が提案されていてもよかったのではないかと思われる.一方で,この基本的な問題に安直に答えを与えるのではなく,これからの研究者に委ねようという考えも支持できる.今後のこの分野の発展に期待したい.

(2024年8月8日原稿受付)

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真空ハンドブック(3訂版)

株式会社アルバック編

オーム社,東京,2024,xxv+348p,26 cm×18 cm,13,200円[専門・大学院向]ISBN 978-4-274-23177-3

紹介者:荒川一郎〈学習院大〉

本書は,真空機器開発者と利用者を対象としており,A)真空科学・技術に関する基礎知識,諸現象を記述する公式・数式,真空装置に用いる機器部品と諸材料の規格,関連する物質・材料の物性データを網羅したものである.また,B)真空環境のもとに行われ,真空技術が本質的に重要な役割を果たす,薄膜作成,表面分析,プラズマ応用技術に関する基礎知識と諸データをまとめてある.

オーム社からは,1992年に第1版,2002年に新版,そして2024年にこの3訂版が出版されているが,このハンドブックの前身は,日本真空技術株式会社(現株式会社アルバック)内で1963年にまとめられた『真空技術資料』に遡る.1972年に"Vacuum Handbook"として作成されたものは,A4判,96ページである.その内容は,前述のA)の範囲にほぼ限られていた.この本は,同社内で真空機器の設計・開発の場でまさにハンドブックとして活用されたのはもちろんであるが,社外(大学,研究機関)でも真空実験装置等の設計にあたって利用されていた.

本書は,アルバック社内で編集チームが組まれ,各部署から最新情報を集めて,旧版に対する記事の追加,改訂,データの更新・修正を積み重ねてきている.1978年には同社創立25周年を記念して,前述のB)の分野を含む『真空ハンドブック』A4判,300ページがまとめられた.この版に携わった社内の40名ほどの方の氏名が記されている.これらは非売品であったが,前述のように社外の需要も多く,必要に応じて外部にも配布されていた.1992年にオーム社から出版されるに至った経緯にも,そのような事情があったのではないかと想像している.なお,オーム社からの出版となっても,アルバック社内の人員によって編集が行われる方針は継続されている.

内容についてもう少し詳しく紹介する.本書が目指したのは,真空科学・技術とその応用に関する情報をできるだけ網羅的に集積することであろう.真空技術で用いられる用語と定義は,2021年に改正されたJIS Z 8126による最新のものが冒頭にまとめられている.真空装置を構成する諸機器を表す図記号は,2023年にJIS Z 8617に定められたが,本書にはほんの一部しか載せられていない.著作権が壁となったらしいが,JIS記号の普及のためには収録してほしかった.

真空技術の中で,真空の作成と計測は,対象となる気体の連続流体としての,また分子流体としての性質に関わる.気体の性質を表す諸公式・計算式等は簡潔にまとめられているが,その導出にまでは立ち入っていない.真空計の原理,様々な形状の配管の気体のコンダクタンスに関しても同様である.それらの詳細は,真空科学に関する教科書等に任せることとして参考書が挙げられている.気体種ごとの諸定数に関しても,出典が明示され表にまとめられている.ただし,例えば四極子形質量分析計のように,一般的な教科書に詳しく触れられていない事項に関しては,その原理が解説されている.ハンドブックではあるが,必要に応じて教科書的な解説も載せるという方針は,本書全体を通して貫かれている.

真空を作成する技術,すなわち真空ポンプに関しては,真空ポンプを開発する側の情報ではなく,利用者のための情報に徹している.必然的に同社の製品の仕様の列挙になっており,教科書的記述とは異なるが,より具体的な数値が与えられているという点で利用者の役に立つ.
真空を保持する技術は,容器に関する問題である.真空装置を構成するための真空フランジとガスケットに関しては,世界標準がほぼ確立されており,その規格がまとめられている.真空装置の気体導入に広く使われている小口径の管継手の規格は,同社の製品でないゆえに載せられなかったと思われるが,利用者の便のためには載せて欲しかった.

容器を構成する材料についても詳しい情報が得られる.純金属,ステンレス鋼,アルミニウム合金,その他の合金,セラミックス,ガラス,エラストマー,等々の,機械的,熱的,電磁気的,化学的性質が,網羅的とまでは言えないが,おそらく入手可能な限り集積されている.材料からの気体放出は,真空に関わる最も大きな問題である.種々の材料の気体の吸蔵,透過,放出,表面処理による違い,などの実測値が集められている.もとよりそれらは材料の履歴,環境により変化するので,注意が必要であるが,実用的に大変参考となる.

真空技術は,研究,開発,生産,それぞれの分野での基盤技術となっているゆえに,他の技術との交錯が必然となる.低温,高温,電磁場,電子,イオン,光を真空の中で扱うときに必要な諸データは大変便利である.

本書の後半には,真空技術が開拓の一翼を担ってきたプラズマ・放電,表面分析,成膜,表面加工などの応用分野に関する基礎知識,諸データがまとめられている.それらの分野の教科書に比べると,実用的諸データが集積されているのが特徴と言える.これらの分野の発展は速いので,引き続き内容の更新が続けられるべきであるが,それぞれの分野に携わる研究者・技術者に役に立つものとなっている.

(2024年8月26日原稿受付)

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