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お知らせ一覧

2018年ノーベル物理学賞は、レーザー物理学分野における画期的な発明に対して、「光ピンセットとその生物学的システムへの応用」の業績により、Arthur Ashkin博士(アメリカ合衆国)、「高強度超短光パルスの生成方法」の業績によりGerard Mourou博士(フランス)、Donna Strickland博士(カナダ)の3氏が受賞することに決定。

公開日:2018年10月2日

解説

 今年度のノーベル物理学賞はレーザー技術に関連した革新的発明に対して授与された。1つは狭いスペクトル幅を持ち連続発振するレーザーを利用した発明であるArthur Ashkinの光ピンセット技術とそのバイオ応用に、またもう一つはGérard Mourou とDonna Stricklandによる高強度のパルスレーザー光を発生させる手法に対するものである。
 Ashkinは光が物質に及ぼす力(光圧)を用いて、細胞などの微小な物質を捕捉・操作する「光ピンセット」の技術を開発した。光圧の存在自体は古くから知られていたが、日常生活ではほとんど感じられない弱い力であるため、本格的な研究はレーザーの登場を待ってスタートしている。Ashkin は1970年にマイクロサイズの誘電体をレーザービームにより加速できることを実証し、また1986年には単一レーザービームを強く集光することにより、その集光点にマイクロ微粒子を三次元的に捕捉する光ピンセットの実験に成功している。光ピンセットの発想が、原子冷却の技術に発展したことは1997年のノーベル物理学賞を通しても良く知られるが、Ashkinはさらにこれをバイオ分野の技術としても発展させた。ウイルスや生きた細胞を、損傷を避けるため近赤外線レーザーを用いて捕捉し、さらに、細胞内で細胞小器官が輸送される際にかかる極微な力の測定などに成功している。この技術はその後、同分野の研究者によって生体分子の運動観測や精細な力計測へ応用され、例えばDNA上を運動する分子モーターのステップバイステップの詳細な運動の様子が解明されている。このように光ピンセット技術が、一つ一つの生体分子のダイナミクスに直接アクセスする新たな研究分野を拓いてきたことが今回の受賞理由となっている。
 Gérard Mourou とDonna Stricklandはチャープパルス増幅 (Chirped Pulse Amplification:CPA)の開発が評価された。レーザーの発明後、パルスあたりの強度を高める技術を劇的に変えたのが受賞者らによる1985年のCPAの発明である。CPAは、短パルスを一旦時間的に引き延ばしてピークパワーを下げ、これを増幅して、再び縮めることによって高強度のパルスを作り出す。CPAの提案以後の技術の発展は目覚ましく、数年で1テラワットのピークパワーが達成され、さらに、ピークパワーの急激な伸びによって、卓上のテラワットレーザー、ペタワットレーザーなどが次々と実現している。このような高強度の短パルスレーザー技術は多様な応用を生み出し、例えば、1フェムト秒を切る超短パルスの高強度レーザーにより、極めて高い強度の電場に晒された原子の振る舞いを研究するアト秒科学が発展し、また高強度レーザーが発生するプラズマ波による高性能な電子加速システムが開発された。一方で、短パルスレーザーが所望の加工を最小の損傷で実現する側面も重要な応用に結びついている。例えばレーシックなどの角膜屈折矯正手術の実現など、医療分野にも革新をもたらした。このようにCPAの手法が基礎研究のみならず、産業や医療における様々な応用を拓いたことが今回の受賞の理由となっている。(阪大院基礎工 石原 一)


 1960年のレーザーの発明以降、パルスエネルギーの増幅技術とQスイッチやモード同期などの超短パルス発生技術の進歩により、レーザーパルスのピークパワーは増加していった。ところが、レーザー増幅器内でのピークパワーがあるレベルまで上がると、レーザー自身で増幅器に損傷を起こしてしまうという限界に達していた。
1985年にGerard Mourou氏とDonna Strickland 氏は、超短パルスの増幅においてこの問題を解決する発明をした。レーザーによる損傷を避けるため、最初にパルス幅を広げてからエネルギーを増幅し、最後にパルス圧縮するというものである。レーザーパルスにチャープを与えてパルス幅をコントロールするため、CPA(Chirped pulse amplification )と呼ばれている。初めはガラスレーザーで実証された技術であるが、本手法は様々なレーザーに適用が可能である。最初はGW程度のピークパワーでの実証であったところ、この技術をベースにレーザーパルスのピークパワーはTWからPWへと飛躍的に増大した。
 サイエンスの面では、レーザーのピークパワーの増大により、光と物質との相互作用において非常に高次の非線形性を発現させる事が可能となり、高強度物理の領域が発展した。高次の非線形効果の一例としては高次高調波発生がある。赤外レーザーをガスに集光すると波長変換により軟X線のコヒーレント光が得られる。ここからアト秒科学が進展した。
 実用化の観点では、レーザー加工が挙げられる。超短パルスレーザーを加工に用いると、熱影響の少ない高品位な加工が実現するため、微細加工に向いていると言われている。近年CPAを用いたYb系のファイバーレーザーや固体レーザーが進展し、ピコ秒やフェムト秒レーザーが産業用途に展開されてきている。また精密加工の観点から、眼の手術にも適用されている。
 このように、両氏の貢献はレーザー科学にとどまらず、広くサイエンスおよび実社会へ貢献している。(東大物性研 小林洋平)



専門的な解説は、日本物理学会誌に掲載された以下の記事も参照してください。

丸尾昭二「光で操るマイクロ・ナノマシン」
日本物理学会誌 60巻3号, 180-186, 2005年

中島一久「超高強度場科学の最前線―レーザー高エネルギー物理の可能性―」
日本物理学会誌 56巻9号, 667-674, 2001年_


日本物理学会は,今後,受賞業績に関する情報をホームページ,日本物理学会誌を通して発信していく予定です。また,受賞理由のより詳しい解説がノーベル財団のサイト(ノーベル財団のプレスリリース)で見られます。