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【解説を追加しました(10/7)】2020年ノーベル物理学賞は,ブラックホールの特異点定理の業績により,Roger Penrose(英),銀河系の中心にブラックホールが存在することの観測によりReinhard Genzel(独/米), Andrea Ghez(米), 計3氏が受賞。

公開日:2020年10月6日

解説

 2020年度のノーベル物理学賞は、オックスフォード大学のロジャー・ペンローズ博士に二分の一が授与され、残りの二分の一はマックスプランク地球外物理学研究所及びカリフォルニア大学バークレー校のラインハルト・ゲンツェル博士とカリフォルニア大学ロスアンゼルス校のアンドレア・ゲズ博士の共同受賞ということになりました。ペンローズ博士の受賞理由は「ブラックホールが形成されることは一般相対性理論の確固たる予言であることの発見」(for the discovery that black hole formation is a robust prediction of the general theory of relativity)で、ゲンツェル、ゲズ両博士のは「天の川銀河の中心に巨大質量のコンパクト天体を発見した」(for the discovery of a supermassive compact object at the center of our galaxy)という業績でした。3人の受賞対象は、いずれも宇宙におけるもっともエキゾチックな存在であるブラックホールに関わるもの、としてまとめられています[1]

 アインシュタインが1915年に一般相対性理論を発表したわずか2ヶ月後に、シュバルツシルトが、ブラックホール[2]を表すシュバルツシルト解を発見しましたが、その意義を明らかにしたのは、球対称な天体の重力崩壊によって、地平線をともなうブラックホールができることを論じたオッペンハイマー[3]とスナイダーの1939年の研究でした。その後特異点形成をともなうこのような重力崩壊が実際に起こるかどうか、長い間論争が続き、懐疑的な意見も多かったところに、数学専攻のペンローズの研究が登場しました。その背景には1960年代初頭のクェーサーの発見により、重力崩壊が実際に起こり、コンパクト天体が形成されているのではないか、との観測的機運がありました。ペンローズは1965年に球対称性というこれまでの仮定を外し、エネルギー密度が負でないことのみを仮定し、重力崩壊によって、光さえ外向きに進めなくなる捕捉面(trapped surface)ができることを示しました。そしてその内側に入ったものは曲率や物理量が発散する特異点に向かって崩壊することを証明しました。その後彼はホーキング[4]と共に特異点定理のさらに厳密な定式化を行うと共に、宇宙論にも応用し、一定の仮定の下で、膨張宇宙のはじまりに初期特異点があったことを示しました。

 一方、ゲンツェルとゲズはそれぞれ、いて座A*(Sagittarius A*)と呼ばれる天の川銀河の中心領域の観測を1990年代初頭から主導し、銀河中心を旋回する星の軌道を高精度で決定することに成功しました。重力系では物体の軌道運動からその運動を駆動する重力源の質量を見積もることができます。その結果、およそ太陽系サイズの軌道半径を秒速千kmもの速さで運行するこれらの星々の軌道運動の焦点となっているいて座A*には、太陽の400万倍もの大質量かつ高密度の重力源があることがわかりました。それは通常の天体の集積では説明できないので、超巨大質量ブラックホールであることを強く示唆しています。つまり、銀河中心には超巨大ブラックホールがあるというのです。

 天体の軌道を可能な限り正確に決定することは天文学の基本にして奥義でもあります。いて座A*は地球からおよそ2万7千光年離れたところにあり(この距離自体もゲンツェル、ゲズらの観測によって初めて良く決定された)ブラックホールの周りを回る星の軌道運動を決定することは、月面上を年間数mの割合で移動する光源の運動を決定することに相当します。あらためて驚くべき精度と確度です。ゲンツェルは主にチリ・アタカマ砂漠にある超大型望遠鏡VLT、ゲズはハワイ・マウナケア山山頂付近にあるKeck望遠鏡のグループを率いました。大気条件から地上で最も観測に適した土地に設置されている世界最高峰の望遠鏡をもってしても、上記のような観測精度を実現することは容易ではありません。銀河中心方向には星や塵、ガスが混み合って存在しており、大気中の散乱によって生じる星像の歪みが各々の星の運動を分離して決定する上で大きな障壁となります。彼らはセンサーを駆使して星像の歪みを能動的に補正する補償光学を確立し、この困難を克服しました。

 この観測は、2017年にノーベル物理学賞の対象になったLIGOの重力波によるブラックホールの初観測や、昨年のイベントホライズンテレスコープによるブラックホールの影の直接撮像と共に、ブラックホールの観測に大きな足跡を残したものといえます。また、こうしたブラックホールの謎に包まれた生成過程や、重力波によって見つかったブラックホール連星の起源はもとより、ホーキング放射によって蒸発するブラックホールの情報損失問題や、ひいては量子重力理論の構築にブラックホールが果たす役割など、この分野には多くの興味深い問題が残されており、今後ますますの発展が期待されます。

東京大学ビッグバン宇宙国際研究センター 横山順一・樫山和己



[1] ノーベル物理学賞は、長いこと日本物理学会の秋季(ときどき春季)大会の会場分類を襷掛けでたどってきましたが、今回は二年連続で宇宙分野からの受賞という異例の展開となりました。

[2] この名前が登場したのは1964年といわれています。

[3] のちに軍事研究に手を染め『原爆の父』という原罪を背負ったオッペンハイマーは、悲惨な晩年を過ごすことになりました。

[4] ホーキングが存命であったなら、どうなっていたでしょうか。


専門的な解説は、日本物理学会誌に掲載された以下の記事も参照してください。

中尾憲一「時空特異点と宇宙検閲仮設」
日本物理学会誌 第57巻1号,22-27,2002年

小玉英雄「一般相対性理論の数理」
日本物理学会誌 第70巻2号,95-102,2015年

谷口義明「銀河と共に進化する超大質量ブラックホール」
日本物理学会誌 第69巻11号,744-752,2014年