[解説追加しました(10/12)]2026年ノーベル物理学賞は、「IceCubeニュートリノ観測所への貢献と、宇宙物理的起源を持つ高エネルギーニュートリノの発見に対して」により、Francis Halzen氏(ウィスコンシン大学マディソン校、アメリカ)が受賞することに決定。
公開日:2026年10月6日
解説
2026年のノーベル物理学賞は、IceCube(アイスキューブ)計画の実現を主導し、宇宙起源の高エネルギーニュートリノの発見に決定的な貢献をしたFrancis Halzen(フランシス・ハルツェン)氏の単独受賞として贈られることになった。IceCubeとは何か。多くの方は、宇宙を観測する望遠鏡と聞けば、空を向いたレンズやアンテナを思い浮かべるだろう。しかし、南極点には、地下深くの氷の中に埋め込まれた巨大な望遠鏡がある。それがIceCubeニュートリノ観測所だ。光ではなく、宇宙を飛び交う素粒子「ニュートリノ」を捉える望遠鏡である。
ハルツェン氏の功績は、単に巨大な観測装置を造ったことではない。それまで観測できなかった高エネルギー宇宙の姿を捉える新しい手段を実現し、ニュートリノ天文学という新たな研究分野を切り開いたことにある。
では、なぜ宇宙を見るためにニュートリノが必要だったのか。その理由は、100年以上前に発見された宇宙線の謎にさかのぼる。
宇宙線の謎とニュートリノ天文学への挑戦
地球は大気に包まれている。大気は、さなぎを守る繭のように宇宙を飛びかう高いエネルギーを持つ粒子から、私たちを守ってくれているのだ。しかし、その大気の繭を突き破った先の宇宙では、多くの粒子が飛び交っている。1912年、オーストリアの物理学者ヘスは気球で高度約5,300メートルまで上昇し、放射線を測定した。当時、放射線は地面から来ると考えられていたが、上空では逆に強くなることを発見した。宇宙からの「宇宙線」は、つねに激しく地球にぶつかっていることが明らかになったのである。
その後、宇宙線のエネルギー分布が調べられ、ほとんど光の速さで飛び回る「超高エネルギー宇宙線」が存在することもわかった。しかし、これらの宇宙線がどこから来て、どのように加速されるのかは、今も大きな謎である。宇宙線の主成分は陽子などの電荷を持つ粒子だからだ。これらは宇宙の磁場で進路を曲げられるため、地球に届いた方向をさかのぼっても発生源にはたどり着けないし、光の速さよりも大幅に遅れて地球にたどり着く。
一方、宇宙線が天体の周囲の光や物質と衝突すると、そこで作られたパイ中間子などの崩壊からニュートリノが生まれる。ニュートリノは電荷を持たず、磁場で曲げられない。物質にもほとんど吸収されず、遠くの宇宙から真っすぐ地球に届く。到来方向を調べれば、宇宙線を加速する天体を探ることができる。そのニュートリノがたとえ高エネルギーの光さえ抜け出せない天体の奥深くで作られたとしても、である。
1987年にはカミオカンデが超新星からのニュートリノを観測し、小柴昌俊氏はその先駆的な貢献により2002年のノーベル物理学賞を受賞した「ref. 日本物理学会会員 ノーベル賞受賞者一覧」。しかし、宇宙線の加速源を探るには、はるかに高いエネルギーのニュートリノを観測する必要があった。特に地球の大気でも宇宙線の衝突によってニュートリノが作られるため、宇宙からの信号はその背景に埋もれてしまうことを考えれば少なくとも観測された超新星ニュートリノの実に7桁上、1000万倍を超えるエネルギーのニュートリノを観測しないといけない「ref.1」。
なぜ高エネルギーニュートリノの観測は難しいのか
1970年代には、観測された宇宙線のエネルギー分布や、宇宙線が天体周辺の物質や光と衝突する過程から、宇宙ニュートリノの流量が見積もられるようになった。予測には大きな不確かさがあったものの、天体からのニュートリノを年間数事象でも捉えるには、1立方キロメートル規模の巨大な検出器が必要と考えられた。これはスーパーカミオカンデの水タンクの約2万倍という、途方もない大きさである。宇宙ニュートリノの流量の小ささと共に、高い透過性というそのニュートリノの長所が、観測では最大の弱点になるのである。
これほど巨大な水タンクを人工的に造ることは現実的ではない。そこで自然の海や湖を使うアイデアが生まれた。1960年頃、ソ連の物理学者マルコフとその学生は水中に光センサーを置き、ニュートリノ反応で生じる荷電粒子のチェレンコフ光を捉える構想を提案した。1970年代にはハワイ沖の深海を利用するDUMAND計画が始まった。日本からは東京大学宇宙線研究所(旧・宇宙線観測所)などの研究者・グループが参加。しかし、水深約5,000メートルでの装置の設置や運用は難しく、1995年に計画は中止された。それでも、この先駆的な挑戦は後のニュートリノ望遠鏡に受け継がれた。
しかも、検出器を大きくするだけでは足りない。先ほど述べたように大量の宇宙線が常に大気にぶつかっている。その大気で作られるやはり大量のミューオンやニュートリノを背景から取り除き、わずかな光から宇宙からくるニュートリノの方向とエネルギーを読み取らなければならない。
ハルツェンの構想とIceCubeの実現
この難題に、海ではなく「南極の氷」を使おうと考えたのが、理論物理学者フランシス・ハルツェンだった。1988年フランシス・ハルツェンがジョン・ラーナードとともに書いた論文で、南極の深い氷の中に光センサーを埋め込み、高エネルギーニュートリノを観測する構想を発表。そこではハワイ沖、バイカル湖、米国アーカンソー州で検討されていた計画とも比較し、論文をこう結んだ。
「南極点はハワイほど快適とは言えず、利便性の面ではアーカンソーはもちろんバイカル湖にも及ばないかもしれない。しかし、高エネルギーニュートリノ観測を始めるには、最も適した場所であるかもしれないのだ」。この少しユーモラスな結びに、決して冒険家肌というわけではなく、普段はサイクリングやおいしい食事、ワインをこよなく愛するハルツェン氏の人柄がにじみ出ていると感じるのは、私だけではないだろう。
氷を使えば、海のような強い流れに装置がさらされたり、動物由来の背景放射の影響をうけたりすることはない。しかし、本当に氷の中を光が遠くまで進むのか、数千メートルの深さに光センサーを置けるのか、確かめなければならないことは山ほどあった。前身のAMANDA実験が始まると、最初は大きな壁にぶつかった。比較的浅い氷には気泡が多く、光が散乱されて遠くまで届かなかったのだ。ところが深い氷では、圧力によって気泡が消え、ニュートリノ望遠鏡に求められる透明になることがわかった。
もう一つの難題は、氷に穴を掘ることだった。高温の水を高圧で噴射して氷を溶かし、深さ2キロメートル以上まで穴をあける技術を開発した。装置を入れた後は穴が再び凍り、光センサーは氷の中に固定される。AMANDAは大気ニュートリノの観測に成功し、南極の氷がニュートリノ望遠鏡として使えることを実証した。
こうして計画はIceCubeへと発展した。約1立方キロメートルの氷に5,160個の光センサーを配置する、前例のない巨大な望遠鏡である。建設は2004年の12 月にスタートし、厳しい南極の夏(真夏で平均気温は-25℃ 〜 -30℃)に工事を重ねることで、2010年12月、ついに建設が完了した。ハルツェンの貢献は、単にアイデアを出したことにとどまらない。実現できると信じ、PIとして予算を獲得し、技術的な困難を一つずつ乗り越え、国際共同研究を率いて計画を現実にしたことにある。その成功を支えたのは、世界中の研究者、技術者、そして南極で働く建設チームでもあった。
宇宙ニュートリノの発見
2012年、千葉大学の研究グループがIceCubeのデータの中に、約1ペタ(1千兆)電子ボルトという途方もないエネルギーを持つニュートリノ事象を2つ見つけ, 京都で行われたニュートリノ国際学会で発表した「ref 1」。1987年の超新星ニュートリノのおよそ10億倍のエネルギーを持つニュートリノ事象の観測であった。
そこで、最初に見つかった2事象の特徴を踏まえ、検出器の内側で反応が始まった事象を選び出し、より低いエネルギーまで探索範囲を広げた。その結果、新たに26事象、計28事象のニュートリノ事象が見つかった。その数とエネルギー分布は大気で生じる粒子だけでは説明できず、宇宙起源の高エネルギーニュートリノの発見と、その流量の測定へとつながった。2013年以降現在にいたるまで、さらに蓄積したデータによって流量の測定精度は年々向上している。
宇宙からのニュートリノには、発生源を示す札が付いているわけではない。背景事象を丹念に調べ、統計的に区別することで、長年探し求めた信号を初めて取り出したのだ。宇宙のどこかに、非常に高いエネルギーまで粒子を加速する現場がある。その姿をニュートリノで探る新しい天文学が、ここから始まった。
ニュートリノで宇宙を見る時代へ
ただし、2012年から2013年の発見で、宇宙線の発生源が直ちにわかったわけではない。次の目標は、ニュートリノがどの天体からやってきたのかを突き止めることだった。そのためには、ニュートリノが観測されたら直ちに世界中の望遠鏡に知らせ、同じ方向を光で観測することが重要になる。千葉大学の研究グループも中心となって開発を進めたリアルタイム解析システムにより、2016年からこのような速報(アラート)の配信が始まった。
2017年9月、IceCubeは約290兆電子ボルトの高エネルギーニュートリノを捉え、その到来方向を世界に知らせた。これを受け、日本の研究者たちも追観測を開始した。広島大学の「かなた望遠鏡」は、可視光と近赤外線で候補天体を調べ、TXS 0506+056というブレーザー活動銀河核が明るさを変化させていることを発見した。さらに、広島大学を中心とする日本のフェルミ衛星チームがガンマ線観測データを解析し、この天体が通常よりも活発にガンマ線を放射していることを明らかにした。
東京大学の木曽観測所や国立天文台のすばる望遠鏡なども追観測に参加し、世界中の観測結果を組み合わせることで、TXS 0506+056がニュートリノの発生源である有力な証拠が得られた。この成果は2018年に発表された。南極で捉えた一つのニュートリノをきっかけに、世界各地の望遠鏡が協力して遠い宇宙の天体を調べたのである「ref 2」。
その後、2022年には近傍の活動銀河NGC 1068からのニュートリノ放射の証拠が得られた。この天体の中心には巨大なブラックホールがあり、厚いガスや塵に覆われている。光だけでは見通せない天体内部の現象を、ニュートリノで探る可能性が示されたのである。
さらに2023年には、天の川銀河からの高エネルギーニュートリノの広がりを初めて捉え、2026年にはその存在がさらに高い確度で確認された「ref 3」。
光、ニュートリノ、重力波など、異なる「使者」を組み合わせて宇宙を調べるマルチメッセンジャー天文学は、新しい時代を迎えた。ニュートリノは、存在を確認するだけの研究対象から、実際に宇宙を見る手段へと変わった。
しかし、観測された宇宙ニュートリノの大部分がどこで生まれているのかは、いまだ明らかになっていない。さらに、発生源が特定されたとしても、そこで粒子がどのようにして極めて高いエネルギーまで加速されるのかという、根本的な謎が残る。このように、宇宙を見る新しい手段を実現し、幅広い物理学の研究の扉を開いたことこそ、ハルツェンの大きな貢献といえる。
今後の展望
ニュートリノ天文学は、理論的にも実験的にも大きな発展を遂げている。北半球では、地中海のKM3NeT望遠鏡やロシアのバイカル湖にあるBaikal-GVD望遠鏡が、建設を進めながら観測を開始している。
IceCubeも進化を続けている。2026年には、検出器の中心部に新しい光センサーを設置するIceCube Upgradeの建設が完了した。これにより、従来より低いエネルギーのニュートリノに対する観測感度が向上し、ニュートリノ振動の精密測定など、新たな研究が可能になる。また、南極の氷の性質をより詳しく調べることで、これまで蓄積された観測データの精度向上も期待されている。
さらに、次世代計画IceCube-Gen2では、観測体積を現在の約8倍に拡大し、高エネルギー宇宙ニュートリノに対する感度を約5倍に高めることを目指している。
南極の氷で宇宙ニュートリノを捉えるという壮大な夢は、国際共同研究によって現実となった。ハルツェンが開いた新しい窓の向こうには、まだ見たことのない宇宙が広がっている。世界に広がる新しい観測網を手に、宇宙を飛び交う高エネルギー粒子の起源を解き明かそうとする研究者たちの挑戦は、これからも続いていく。ぜひ、注目をし続けていただきたい。
(千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 教授 石原 安野)
日本物理学会誌に掲載された以下の記事もご覧ください。
※解説内で参考文献として使用した記事には、レファレンス番号を記載順で付記しました。
倉橋Neilson 尚子; 石原 安野「IceCube実験による銀河面ニュートリノ放射の世界初観測」
79巻4号, 181-185, 2024[ref 3]
石原 安野「IceCubeニュートリノ望遠鏡によるグラショウ共鳴反応の観測」
76巻10号, 626-627, 2021
牧野 友耶「南極点の研究を支えるウィンターオーバー」
75巻9号, 587-589, 2020
吉田 滋「宇宙ニュートリノIceCube-170922Aが拓いた高エネルギー宇宙線起源天体の同定への道」
74巻4号, 215-221, 2019[ref 2]
村瀬 孔大「高エネルギー宇宙ニュートリノの起源とマルチメッセンジャー宇宙粒子物理学への展望」
72巻7号, 482-491, 2017
石原 安野; 吉田 滋「IceCube実験による超高エネルギーニュートリノ事象の初検出」
68巻11号, 738-743, 2013[ref 1]
Progress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP) に掲載された以下の内容もご覧ください。
PTEP に掲載されている2020年版 Review of Particle Physics (RPP) が2026年ノーベル物理学賞 Science Background にて引用されました。
該当部分はPDFファイル511ページ(左上のページ数は510)からの"Cosmic Rays"にてご覧いただけます。
P.A. Zyla et al. (Particle Data Group), Prog. Theor. Exp. Phys. 2020, 083C01 (2020)
