21世紀の日本物理学会に向けて
昨年は,日本物理学会の創立50周年を記念した事業がいくつか行われた.
会誌でも一年を通しての特別企画が立てられ,当会の発足の経緯からこの50年間の足跡までが,丹念に語られた.さまざまな意味で50年の歴史の重みを確認できた一年でもあった.
明けて今年は51年目.過去の貴重な積み重ねの上に,新たな方向への模索を始めなければならない.四年後に迫った世紀の変わり目を視野に入れつつ,物理 学の内外における働きを遺漏なく把握し,的確に対処していく必要があろう.その観点から見て次のような問題点を挙げることができる.
1 物理学あるいは科学そのものの変遷
2 情報革命の影響
3 当会のシステムの再考
4 国際協力の必然性
5 社会における位置づけ
以下では,これらの問題点の重要な側面について述べることにする.
第1点に関して,学問の対象や研究方法は当然ながら時間とともに変遷していくものである.物理学において興味あるテーマは,物理学内部の既成の研究分野 の横断的な再構成によって,あるいは物理学以外の学問との学際的な取組みによって,より実りある成果を望めるものが多い.この事実はこれまでにも存在して いたのであるが,現在はそれが非常に顕著な形で現れている時期だといえる.
このような学問そのものの動きに柔軟に対応できる態勢が学会の方にできていることが必要である.たとえば,年会や分科会の組織も,既成の文化の枠を越え た編制をすることによって,議論を活性化し,年会・分科会をいまよりはるかに魅力的なものにできるのではないかという指摘がなされてきた.この線に沿っ て,年会・分科会ワーキンググループでここ数ヶ月議論を重ね,試案作成を進めている.準備状況の報告を本号に,試案を3月号に掲載するので,会員の皆さま もご検討願いたい.
第2点の情報革命については,いま息もつけないほどのスピードで進行しており,さまざまな形でわれわれの生活のあらゆる部分に浸透しつつある.投稿した 論文が,レフェリーの目を通って雑誌に発表されるという,これまでのシナリオが完全に書き換えられるのも遠い先のことではないだろう.電子メールの出現に よって,情報僻地であった日本の研究者の状況も改善されると期待できる. 当会でも,オンラインジャーナルの 試行が始まっており,事務局の電子化も進められている.電子メールによる年会・分科会の講演申込など実施段階に至っている部分もあるが,今後に残されてい る作業も多い.電子化に関しては,本来なら専属のエキスパートを配置すべき仕事の内容と量であるが,主として財政的困難からそれらがならず,幾人かの研究 者の手を煩わせている.情報革命を含めた新たな事態を前に,ボランティア依存の現在の制度について何らかの対策が必要である.
第3点の当会の制度と関連して,さまざまな事態に適切に対応する上で,当会の財政はあまり良い状態ではなく,最近は定常的な赤字が続いている.その間の 事情は,第50期,第51期の会計理事であった家泰弘氏による報告「物理学会の財政状況に関心を」(会誌51(1996)751)に詳しい.財政の問題は 「実は学会が抱えている諸問題が端的に現れたもの」と指摘されている.学会の問題を考えるためにこの報告をぜひお読みいただきたい.
当会の性格を反映した「ボランティアの委員から構成される委員会制度」も議論の余地がある.たとえば現在,会長の選出は,委員の互選によって選ばれた三 名の名前を参考資料として提供し,正会員全員の選挙によって行われている.会長の人材を広く求めるためには,「参考となる三名」を決める際に「委員による 互選」でなく,「正会員全員を対象として選ぶ」という選択肢も考えられる.この問題については,近く会誌で誌上座談会を行い,議論を進める予定である.会長選出の方法に関する議論を通して,委員会制度,世話人制度についても考えたい.
第4点の国際的な協力体制は,上述のような情報革命のなかで,オンラインジャーナルに対するルール作りなど,これまでのどのときより重要かつ緊急の課題 である.今どういう選択をするかによって将来の命運はいともたやすく左右されてしまう.情報革命はそんな危うさをいつも秘めている.
第5の点の社会における位置づけについては,同好会として出発した当会であるが,いまや二万人近くを擁する大学会として厳然と存在しているかぎり,社会 のなかで見解を求められたり役割を期待されることは避けられない.動き出した科学技術基本計画の基礎科学への配分の可能性や,理科離れが憂慮されている子 供たちの現状など,問題点は少なくない.
このように手をつけるべき仕事がいくつもあるが,理事および各委員会などそれぞれの関係者が,短期的視点や長期的構えで鋭意取り組んでおり,見通しは明 るい.学会は会員全員が支えていくものであり,学会運営に関しても会員の皆さまからの積極的な発言,参加をお願いしたい.
21世紀にはばたく日本物理学会を実現させるために何よりも大切なことは,物理学に対するわれわれ自身の夢を大きく育て,その夢を社会に発信することであろう,いつも夢をみられる科学者という仕事はやはり楽しいと思う.
- 米沢 富美子
- Yonezawa Fumiko
- (第52期 会長任期:1996年9月1日より1年間)