会長メッセージ
このほど倉本義夫前会長の後を引き継いで第68期の会長を務めることになりました.第67期は新法人制度への移行の関係で半年という短さであり,副会長としての見習い期間はあっという間に過ぎてしまいました.会長としての準備不足を自覚していますが,第68期は待ったなしでスタートしたわけですから,新しい理事会メンバーや事務局職員と力を合わせて諸課題に取り組みたいと考えています.宜しくお願いします.
第68期の初めにあたって,物理学会が取り組むべき課題のうち差し迫ったもののいくつかを挙げてみます.
事務局の機能強化
物理学会員の活動を支援し,会員サービスを充実させるために,事務局の機能強化することが肝要です.物理学会事務局に関して大きな変化が2点あります.1つはこの4月から新事務局長として白勢祐次郎氏を迎えたこと,もう1つは5月に事務局を現在の新橋から湯島に移転することです.移転先は湯島アーバンビルの8階と4階ですが,同ビルの6・7階には応用物理学会の事務局,5階には物理系学術誌刊行センターの事務局が入居していますので,物理学会の移転によって我が国の物理系学会の事務局機能が1つのビルに集結するという画期的な状況が生まれます.応物学会との連携・協力関係を従来にも増して緊密にして行くための環境が整うことになります.また,移転はOA環境の更新をはじめとして,オフィス・会議室機能の充実を実現する絶好の機会です.8階は主として事務局オフィスとして使用し,4階には会議室機能を充実させるとともに展示スペースを設け,現在は成田の貸倉庫に収納されている物理学史関連の資料を整理した上で,資料価値の高いものを展示することを計画しています.OA環境の充実とともに,会員サービス機能の強化,会議の効率化,書類等の冗長性整理,規程等の整備,危機管理に関わるシステム点検,など
学術誌問題
研究成果発表のプラットフォームである学術誌刊行は学会の重要な活動です.物理学会は,自前の学術誌をしっかりと維持してきた伝統を誇る数少ない学会の一つです.しかしながら学術誌出版の世界は90年代から始まった電子出版への流れが今世紀に入って奔流となり,欧米の有力学会や大手商業出版社による寡占化が進んで,個別の学会等による学術誌刊行をビジネスモデルとして難しいものにしています.このような状況に対処するための戦略の選択も難しいわけですが,物理学会理事会では刊行委員会を中心として検討を進めてきました.Progress of Theoretical Physics (PTP)は2012年創刊のProgress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP)に合流する形で,理論だけでなく実験の論文も含む新たなオープン・アクセス学術誌として再出発します.オンライン・システムのプラットフォームはOxford University Pressのものを利用することになっています.新学術誌であるPTEPを軌道に乗せるためには,会員諸氏の強力なサポートが必要です.Journal of Physical Society of Japan (JPSJ)については,長年の懸案である海外での購読促進と電子版プラットフォームの安定的運用とに関して様々な選択肢を検討した結果,海外販売の委託とオンライン・システムの管理運営に関してInstitute of Physics (IOP)と提携するとの案を会員に提示し,意見を求めました.寄せられた多くの意見を踏まえた検討が今期の大きな課題となっています.国際競争の中での学術誌の生き残り戦略・発展戦略に関わるこの問題は,どこか国際貿易におけるTPP参加・不参加の問題とダブって見えるところがあります.IOPとの提携を行うも,別の道を選ぶも,いずれにしても重大な決断となります.あるいはどちらとも決められないで時間が経過するのもまた,実は極めて重大な選択をしていることになりますので,そう遠くないうちに結論を出す必要があると考えています.
国際交流・連携
物理学会は,欧米やアジア・オセアニア地区の各国の物理学会と協定を結んでいますが,現在のところ多くの場合その内容は,会員が相手国の物理学会にその会員と同じ資格で参加できるというという便宜供与の程度に留まっています.そのような中で,今年創立60周年を迎える隣国の韓国物理学会との交流についてはもう少し踏み込んで,互いの定例学会の中で合同セッションを定期的に開催して行くことで話し合いが進められています. 4月25・26両日に韓国大田において開催される韓国物理学会創立60周年記念の式典およびシンポジウムに出席するのが,会長としての国際交流の初仕事となります.韓国物理学会との交流は一部の分野では既に実績があり,海外の物理学会との連携のプロトタイプとなることでしょう.現在,永宮先生が会長を務められているアジア太平洋物理学会(Association of Asia Pacific Physical Societies (AAPPS))の活動にもより積極的に関わって行くことが重要です.2013年7月に物理学会と応物学会の共催,AAPPS後援によるThe 12th Asia Pacific Physics Conference (APPC12)が千葉幕張メッセで開催することになっており,今期はその準備を着実に進める必要があります.
その他の課題
前々期・前期からの懸案となっている事項が2つあります.1つは,永宮前々会長がなされた「会長任期を2年にしては」という提案です.「学会運営の継続性の観点からも大きな改革への取り組みという観点からも,会長任期が1年では短すぎるのではないか」との問題提起でした.67期には,副会長(次期会長)選挙における候補者選びのプロセスを見直し,代議員による予備選挙および候補者の意思確認のやり方を改革しました.会長任期の変更は,次期会長選挙のあり方や副会長の位置付けにも関わる問題ですので,慎重な検討が必要と思っています.もう1つは倉本前会長が問題提起された「物性分野の領域区分および数字による呼称の見直し」です.これに関しては,各領域からの意見はさまざまなようで,特に,数字による呼称に代わる簡潔な領域名が決め難い分野では悩みが深いようです.当初は学会のプログラム編成作業における便宜的なものとして出発した(と私は理解していますが)領域区分が,その後,論文賞の推薦など様々な機能を担うことになって「重い」ものになってしまったが故の困難という側面もあるように思います.領域番号では物性分野以外から見て分かりにくいという問題と,研究の進展に伴うダイナミズムへの対応という課題をうまく解決するような工夫が必要です.
以上は,第68期の理事会が早急に取り組むべき課題ですが,この他にももちろん,若手研究者のキャリアパス問題,博士課程進学者の減少問題,理科ばなれ問題,男女共同参画の促進に関する課題,大学等における研究基盤の問題など,多くの懸案があります.これらは物理だけで閉じる問題ではないので,学術会議,特に第三部の理学・工学系学協会連絡協議会との連携による活動を進める所存です.
物理学会は,会員の活動を側面から支援することによって物理学の発展に貢献する組織です.会員諸氏には物理学会の運営に,より深い関心を持って積極的に活動に参加していただくことと,ご意見・ご要望を遠慮なくお寄せいただくことをお願いいたします.
- 家 泰弘
- IYE Yasuhiro
- (第68期 会長任期:
2012年3月24日より2013年3月31日)