会長メッセージ
2014年3月31日から1年間、任期1年の最後の会長を務めることになりました。以下に、この1年間の取り組みについての私の基本的な考え方を記します。
1. 学会の目的
物理学会は、誰のために、誰が、何をする組織でしょうか。学会に期待されている活動は多岐にわたりますが、会の成り立ちを考えてみると、「何をするか」つまり会の目的は、年次大会や秋季大会、英文誌、会誌などを通じて「会員に研究発表と意見交換の場を提供すること」です。このことは、定款第2章にも明記されています。
そうであれば、「誰のために」、「誰が」の二点もはっきりしています。「会員のために」、「会員自身が」ということになるでしょう。他の誰にも頼れません。これは学会という学術団体に共通の特性であると思います。
最後の「会員自身が」はイメージしにくいかもしれませんが、その基本は、会費を払うということで、会員が力を合わせて貢献することです。会誌や論文誌の発行は、会費収入によって行われているからです。もちろんそれだけでは学会の活動は維持できません。雑誌の発行が編集委員会の作業を経て行われるように、会長、副会長、理事、委員会委員、支部役員など、無給のボランティア活動がそれらを実質化しています。
とはいえ、雑誌や大会などの行事はあくまで場の提供であり、会員の皆様が個人的にこれらの発表の機会を有効利用されること、すなわち投稿や大会での口頭発表やポスター発表をされて初めてそれらは成り立ちます。
定款に記された「目的」は、さらに高度の目的の手段とも考えられます。それは、物理学会が一般社団法人として存在が許されているこの社会への貢献です。会員が自分の興味の赴くままにひたすら物理の研究をし、その成果を発表すること自体が、社会の知的財産、物質的財産の蓄積に寄与します。また、すぐに社会に役に立ちそうな研究テーマを意識的に選んだり、教育や、持続的社会の形成に直接寄与する目的の活動をすることも、社会貢献をすることになります。それらをサポートすることも学会の仕事です。
2.第70期の事業
わずか1年間の務めなので、上記の認識にもとづいて、任期の初めのうちになるべく具体的に方針を出し、それが有効であるとなればなるべく任期内に達成し、有効でないとわかればその知見を次期以降に引き継いで他の方法を探っていただきます。
その際、最近、学会の年間の収支のバランスが崩れていることにも注意を払わなければなりません。バランスは2012年、2013年と、従来よりも急激に悪化しています。2012年は新橋から湯島への事務局移転に付随する臨時の費用があったと考えられますが、同様の傾向が2013年も続いていることがわかり、第69期斯波会長のイニシアチブで調査が行われました。原因が見えてきつつありますが、注意が必要です。
そこで今期は、会員へのサービスを向上させるかあるいは少なくとも低下させないで、収支バランスの改善に寄与する方策を中心に考えます。たとえば、英文誌の冊子体発行分を廃止できないか、大会の講演概要集を冊子でなく電子媒体で販売できないか、会誌などの広告をホームページからでも見えるようにしたり、大会の展示に出展している企業のリストもホームページで見やすくして、広告主や出展企業の数を増やせないか、などを考えています。
3.会員数について
物理学会の会員数は、最近、日本の人口減少率より急速に減少しています。可能ならばこれへの対応も講じたいと思います。ただ、会員の数は1年を単位として変化しますので、即効薬はありません。前期からのすそ野を広げる活動も続けますが、直接的に正会員増につながりそうなことを長期的に考えたいと思います。
ほとんどの会員は、大学院生時代に大会で研究発表をする機会に入会します。したがって、大学院で物理学系の研究室に所属する学生を確保することが大切な課題です。学会が直接学生を確保することはできませんが、物理の魅力を高校生や大学生に伝えることで、支援することはできます。そのひとつとして、物理系専攻や物理学科、総合科学的な専攻の物理系研究室の存在を物理学会から発信できないかと考えています。当該専攻・学科や研究室から申請をいただいて、リストを学会のホームページに掲載し、そこから専攻や研究室のホームページにリンクするのはどうでしょうか。
一方、会員が退会される機会は、大学院を修了して物理学に直接関係しない分野に進む場合や、ポスドクなど任期付の職を終えてやはり物理以外の分野に転職する場合、定年退職される場合が主でしょう。その方々に少しでも長く学会にとどまっていただきたいのですが、即刻の退会を思いとどまる理由があるとすれば、会誌の魅力でしょう。会誌の記事の内容が難しいと言われるようになって久しくなります。編集委員会の努力で、本年1月号から記事の導入部分が読みやすくなりましたが、最先端の研究の内容の易しい紹介には限界があります。むしろ、記事のカテゴリーを物理周辺分野(特に若い人たちが分野を変わる際の主な行き先の分野)、物理学史、物理学会史、基礎講座、などの記事を開拓するといいのではないかと考えています。
4.物理の魅力や考え方の発信と支部活動
エネルギー問題をはじめ、現在我が国が抱えているさまざまな困難の中には、物理学に深く関わるものが少なくありません。会員の個々の研究の成果を世の中の役に立てるだけでなく,物理的なものの考え方を使って問題解決に寄与したり,その普及によって我が国が自然科学的に正しい判断をする社会に向かうようにしたいものです。
理科教育の改善は,優れた後継者を育て,同時に市民の科学的知識や判断力を向上させるための重要な柱です。そのためには、市民への直接発信および教育を念頭に置いた支部活動が重要です。その支援を第70期理事会の重点項目の一つにしました。特に、小学校・中学校・高校の理科の先生(高校は特に物理の先生)との交流を通じて生徒たちやその家族への情報伝達の広がりを追求することは、極めて重要な活動となります。そのような活動には、物理教育学会、応用物理学会、その他の学会及びその支部との連携が必須です。
第69期に支部規則の整備を進め、各支部に属する道府県に会誌の送付先を登録されている会員を支部会員と定義することにしました。そして、支部から行事案内などを発信できるように支部同報メールシステムを整備しました。それによってアクティブメンバーが増え、支部活動がこれまでの延長上にさらに発展することを期待しています。
5.研究費配分と若手育成
研究には,それぞれの規模に応じた研究費が必要です。1年の任期のうちに何ができるかわかりませんが、優れた研究に適切な研究費が配分されるよう,常に関心をもっていたいと思います。誰の目にも明らかな優れた研究や,社会的ニーズの高い研究をサポートすることはもとより重要ですが,将来にわたって多様な研究を持続可能にするためには,まだ見えていない独創的研究の種をまき,芽を育てる工夫を忘れてはなりません。日本の科学研究がここまで進歩してきたのは、そのような風土があったからであると考えています。出口指向の研究費配分もある程度必要と考えますが、それが行き過ぎて、これまで有効に働いていた研究費配分法が崩れてしまうのを恐れています。
優れた研究成果を挙げている若手の研究者の中には,社会的に不安定な状況にある人が少なくありません。彼等が心おきなく研究に邁進できるような環境作りに,物理学会も貢献したいと考えています。
- 兵頭 俊夫
- HYODO Toshio
- (第70期 会長任期:
2014年3月31日より2015年3月31日)