会長メッセージ
この4月より、藤井前会長の後任として、物理学会会長を拝命しています。このような役目に選んでいただき、光栄の至りです。これまで諸先輩が、たゆまない努力と献身をもって築いてこられた伝統をしっかりと受け継ぎ、次代に引き継ぐべく、微力を尽くす所存です。今、我が国の学術と高等教育は危機的な状況にあると思っています。一方、であるからこそ、日々物理の探求に励む研究者あるいは物理学を志す人々の拠り所としての物理学会の重要性は、ますます高まっていると感じます。物理学会が、その自由闊達な雰囲気を維持し、権威に屈しない学問の自由と独立性を保ち、次の世代につなげて行くことが今ほど求められている時代は、過去なかったかもしれません。物理学会が、この混迷の時代に、社会の「背骨」の役割を果たせるとしたら、こんなに素晴らしいことはないでしょう。
日々の物理学会の業務は、様々な即物的な諸問題にどう対処していくかということの集積から成り立っています。以下、物理学会が直面しているいくつかの課題について、多少の私見も交えつつ、述べさせて頂きたいと思います。物理学会の会員数は現在おおよそ1万7千人で、2000年頃をピークとして、漸減が続いています。この問題は多くの学会に共通の問題で物理学会に限った話ではありませんが、この会員数の維持が1つの大きな課題です。理事会では、正規の会員とは別に新たな制度として会友制度の導入に向けた検討を行ってきました。その手始めとして、修士・博士の修了に伴い物理学会を退会される大学院学生会員を対象に、希望を募って年3千円程度の費用で物理学会の「会友」になって頂く制度の導入を予定しています。会友には、例えば会誌の電子版が閲読できる等の、物理学会との縁をつなぐサービスを提供し、社会における物理学会のサポーターになって頂ければと希望しています。将来的には、会友制度をより広い対象に拡げることも ― 例えば高校生などを対象とした Jr.会友制度の導入など ― 検討しています。
物理学会は、自然科学の中でも最も基礎的な部分を担ってきたという学問上の性格もあり、これまで、民間企業や実社会との結びつきは、例えば工学系の多くの学会と比べると、限定的なものでした。物理学会の持つ、"真理探究に邁進する"という良い意味での特長はキープしつつも、民間企業や実社会との関わりや協力の仕方について、どのような形が可能か、少し検討してみたいとも思っています。各種の広告や学会時の企業展示といった手近なところから、物理系の人材活用といった問題まで、双方にメリットを生むような形が何か可能ではないかと考えています。
財政基盤の安定化は、物理学会の健全な運営全てに渡る、重要なベースです。一時期、物理学会は年間予算額の1割程度にも及ぶ赤字を抱えていましたが、諸経費の節約に努めたことに加えて、30年ぶりに行った年会費の一律1000円の値上げや大会参加料の値上げを通し多くの会員の皆様に御負担頂いたことも功を奏し、現在は、ほぼ収支が釣り合うところまで回復しています。会員の皆様の御協力に、この場をお借りして、深く感謝いたします。これに気を緩めることなく、財政状態の一層の改善に努めるとともに、一方では、真に必要な投資は、慎重な検討の上で、積極的にやって行きたいと思っています。
JPSJやPTEP等の英文学術誌の刊行も、物理学会の重要な業務です。PTEPは実験分野も含めた新しいスタイルでOUP (Oxford University Press)に業務委託し、オープンアクセスジャーナルとして再出発を切りましたが、関係各氏の御努力もあり、順調なスタートが切れました。JPSJについては、一時期大きな問題であったオンラインサーバの問題が、導入したAtyponが順調に推移していることで、ひとまず解決し、また一時期のかなり大きな赤字についても、現在は解消しています。ここ数年の大きな問題は、投稿数、購読数の漸減(特に後者)です。これには、いわゆるカスケードシステムに代表される、海外大手出版社のブランドを前面に押出しての商業主義的な路線にJPSJが押されまくっている、という厳しい現実があるのかもしれません。一方では、海外大手出版社の傘下に入ることなく物理学会にトータルの形で残されたJPSJには、大きな意味があるとも言えます。この問題への対処法に関しては、会員の中にも様々な考え方のスペクトルが存在しているかと思いますが、個人的には、現在のJPSJの基本的な独立性を維持しつつ、購読数を増加させる方策がないかを、まずは検討すべきと思っています。いずれにせよ、情勢の変化を注視しつつ、刊行委員会と理事会の場で対応を練りたいと思います。
最後になりましたが、物理学の最も素晴らしいところは、何と言うべきか上手い言葉がなかなか見つからないのですが、物理学に関わった多くの人々に強く愛されることではないかと思っています。実際、理事を始め多くの会員の皆さんが、正に損得を越え献身的に物理学会のために御尽力下さるのを、私自身も目の当たりにしてきまして、感謝の念とともに、物理学に備わった不思議な力を感じざるを得ません。一学徒として、物理学の遥かな途を皆様と一緒に歩むことが出来るのは、本当に素晴らしいことだと感じる次第です。
- 川村 光
- KAWAMURA Hikaru
- (第73期 会長任期:
2017年3月31日より2018年3月31日)