会長メッセージ
2017年4月より物理学会会長を拝命しております。その重責に身の引き締まる思いで任に当たってまいりましたが、あっという間に一年が経ち、2018年4月よりは会長任期2年目に入ります。これまで諸先輩が、たゆまない努力と献身をもって築いてこられた伝統をしっかりと受け継いで次代に引き継ぐべく、引き続き、微力を尽くさせて頂く所存です。
今、我が国の学術と高等教育は危機的な状況にあると思っています。一方、であるからこそ、日々物理の探求に励む研究者あるいは物理学を志す人々の拠り所としての物理学会の重要性は、ますます高まっていると感じます。物理学会が、その自由闊達な雰囲気を維持し、権威に屈しない学問の自由と独立性を保ち、次の世代につなげて行くことが今ほど求められている時代は、過去なかったかもしれません。物理学会が、この混迷の時代に、社会の「背骨」の役割を果たせるとしたら、こんなに素晴らしいことはないでしょう。
日々の物理学会の業務は、様々な即物的な諸問題にどう対処していくかということの集積から成り立っています。以下、物理学会が直面しているいくつかの課題について、多少の私見も交えつつ、述べさせて頂きたいと思います。物理学会の会員数は現在おおよそ1万7千人で、2000年頃をピークとして、漸減が続いています。この問題は多くの学会に共通の問題で物理学会に限った話ではありませんが、この会員数の維持が1つの大きな課題です。物理学会の裾野を広げ、より多様な形での社会とつながりを可能にすべく、2017年10月より、正規の会員とは別に新たな制度として「会友制度」を導入いたしました。これは、修士・博士の修了に伴い物理学会を退会される大学院学生会員を対象に、希望を募って年3千円の費用で物理学会の「会友」になって頂く制度です。会友には、例えば会誌の電子版が閲読できる、会員料金で大会に参加できる等のサービスを提供し、社会における物理学会のサポーターになって頂くことを希望しています。将来的には、会友制度をより広い対象に拡げることも ― 例えば高校生などを対象とした Jr.会友制度の導入など ― 検討しています。
JPSJやPTEP等の英文学術誌の刊行も、物理学会の重要な業務です。PTEPは実験分野も含めた新しいスタイルでOUP (Oxford University Press)に業務委託し、オープンアクセスジャーナルとして再出発を切りましたが、関係各氏の御努力もあり、順調なスタートが切れました。JPSJについては、一時期大きな問題であったオンラインプラットフォームの問題が、導入したAtyponが順調に推移していることで、ひとまず解決いたしました。ここ数年の大きな問題は、投稿数、購読機関数の漸減(特に後者)です。これには、いわゆるカスケードシステムに代表される、海外大手出版社のブランドを前面に押出しての商業主義的な路線にJPSJが押されまくっている、という厳しい現実がありましょう。一方では、海外大手出版社の傘下に入ることなく物理学会にトータルの形で残されたJPSJには、大きな意味があるとも言えます。理事会では、現在のJPSJの基本的な独立性を維持しつつ購読機関数を増加させる方策がないかを、この1年ほどをかけて、JPSJ将来計画検討ワーキンググループや刊行委員会の場で慎重に検討してきました。その結果、オンラインプラットフォームを物理学会が保持した形での販売提携契約を、海外大手出版社の一つであるAIPP (AIP Publishing) と、2018年3月に締結するに至りました。パッケージ販売・コンソーシア対応等の販売委託面での提携が、2019年から実施される予定です。新たな販売パートナーを得たJPSJが、国際学術誌としてさらなる発展を遂げることを祈念しつつ、本会としても、JPSJのさらなる向上を目指して、たゆまない努力を続けていく所存です。
財政基盤の安定化は、物理学会の健全な運営全てに渡る、重要なベースです。一時期、物理学会は年間予算額の1割程度にも及ぶ赤字を抱えていましたが、諸経費の節約に努めたことに加えて、30年ぶりに行った年会費の一律1000円の値上げや大会参加料の値上げを通し多くの会員の皆様に御負担頂いたことも功を奏し、一旦は、ほぼ収支が釣り合うところまで回復しました。一方、本会を取り巻く状況は依然として厳しく、2017年度は再び赤字を計上するに至っています。本会としては今後、広い意味での社会との連携を強化するプロセスを通し、学会の財政面での強化を合わせて図っていく道を探っていきたいと考えています。
物理学会は、自然科学の中でも最も基礎的な部分を担ってきたという学問上の性格もあり、これまで、民間企業や実社会との結びつきは、例えば工学系の多くの学会と比べると、限定的なものでした。理事会では、物理学会の持つ"真理探究に邁進する"という良い意味での特長はキープしつつも、2017年度より「社会連携検討ワーキンググループ」を設けて、民間企業や実社会との関わりや協力の仕方について、どのような形での連携が可能かの検討を始めています。各種の広告や学会時の企業展示といった手近なところから、物理系の人材活用や他学会との連携といった問題まで、双方にメリットを生むような方途が様々な形で可能ではないかと考えています。そして、最終的には、広い意味で国民の皆さんに信頼され、支持・連携して頂けるような物理学会を目指し、会員の皆さん共々、努力していきたいと思っています。
最後になりましたが、物理学の最も素晴らしいところは、何と言うべきか上手い言葉がなかなか見つからないのですが、物理学に関わった多くの人々に強く愛されることではないかと思っています。実際、理事を始め多くの会員の皆さんが、正に損得を越え献身的に物理学会のために御尽力下さるのを、私自身も目の当たりにしてきまして、感謝の念とともに、物理学に備わった不思議な力を感じざるを得ません。一学徒として、物理学の遥かな途を皆様と一緒に歩むことが出来るのは、本当に素晴らしいことだと感じる次第です。
- 川村 光
- KAWAMURA Hikaru
- (第74期 会長任期:2018年3月31日より2019年3月31日)